金曜日, 8月 24, 2007

胡桃の樹の下で 6

   6

 ボクはうたを思いだした。

 なんていう、うただったかな。

 そうだ。

 シャボンだまだ。

 

 しゃぼんだま とんだ

 やねまで とんだ

 やねまで とんで

 こわれて きえた

 かぜ かぜ ふくな

しゃぼんだま とばそう

ボクは小さな声でうたった。

木もさらさらとゆれて、いっしょにうたっているようだった。

なんだかちょっとかなしくて、うれしかった。

べつべつのきもちがまざって、なんだかへんな気分だった。

そして、木からおりた。

なんだかまたねむくなちゃった。

はっぱのふとんでまたねた。

木曜日, 8月 23, 2007

胡桃の樹の下で 5

   5

 ママがボクになにか言ってる。

 ママのかおは、おにのようだ。

 目がつりあがっていてこわい。

 ボクはおしいれの中ににげた。

 ママがあけられないように、力いっぱい、戸を手でおさえた。

 ママが力をこめて戸をあけようとしているのがわかる。

 ボクはひっしで戸をおさえた。

 でもだめだった。

 ママのほうが力があった。

 戸はあいてしまった。

 ボクはおしいれからひっぱりだされる。

 ママがボクをなぐる。

 ボクはいっしょうけんめいあやまる。

 でも、ママはなにもきいてくれない。

 なんかいもなんじっかいもボクをたたく。

 ボクはいたくて、かなしくて、なみだをぽろぽろとこぼした。

 いたさもそんなにかんじなくなったとき、ママはボクをたたくのをやめて、へやを出て行った。

 ボクはねころがったまま。

 目をさますと、ボクの目になみだがついていた。

 ボクは手でそのなみだをふいた。

 木はかぜにゆられて、ざわざわといっていた。

 なんだかボクをはげましてくれているようだった。

 ボクはヘルメットをもっていずみに行った。

できるだけたくさんの水をくんだ。

でも、木のところについたときには半分くらいにへっていた。

その水を木にかけてあげた。

木がさわさわといった。

おれいを言っているようだった。

なんだか、木がもっとそばへおいでと言っているようだったので、木にのぼってみた。

木にのぼるのははじめてじゃない。

前にもこうえんの木をのぼったことがある。

この木よりももっと小さかったけど。

いちばん下のえだをしっかりと手でつかんだ。

そして、こぶになったところに足をかけた。

大きいけれど、のぼるのはそんなにむずかしそうじゃない。

 けっこうかんたんにのぼることができた。

 木の上から見えるけしきはよかった。

 ずっとずっとむこうまで見えた。

 でも、ずっとずっとむこうにはなにも見えなかった。

 どこまでも、原っぱが広がっていた。

 

水曜日, 8月 22, 2007

胡桃の樹の下で 4

   4

 ボクは水をくむものをさがしにいった。

 原っぱの中を、なにかないかと思ってさがしまわった。

 いろいろさがした。

 原っぱがとぎれたところに白いものがおちていた。

 ヘルメットだった。

 ヘルメットには、金色のぎざぎざのバッジがついていた。

 むずかしいかんじもかいてあった。

 「北海道警察」

 よくわかんない。

 でも、水をくむのにちょうどいい。

 こんどからはこれをつかおう。

 ボクはヘルメットをだいて木にもどった。

 なんだか木もボクをしんぱいしていたような気がする。

 たくさん歩いたのでつかれた。

 ボクはねることにした。

 木がおとしてくれたはっぱにもぐりこんでねた。

火曜日, 8月 21, 2007

胡桃の樹の下で 3

   3

 先生がなにか言ってる。

 ボクのかおをじっと見てなにか言ってる。

 先生の声がよくきこえない。

 でも、なんだか先生はおこっているようだ。

 まわりのみんなはボクのほうをじっと見ている。

 ボクはなにもわからないからじっとしている。

 先生がボクのそばに来た。

 そして、きょうかしょでボクのあたまをたたいた。

 なんでたたかれたのか、わからない。

 そんなにいたくはなかったけれど、なみだがでた。

 まわりのみんなはボクをばかにしたような目で見ているだけ。

 ボクの心はちくりとした。

 そこでゆめがさめた。

 おきあがろうとすると、がさがさという音がきこえた。

 ボクの上には、たくさんのはっぱがのっていた。

 ねるまえには、はっぱがなかったから、ねているうちにボクをつつんでくれたんだろう。

 はだざわりはよくないけれど、とてもあたたかかった。

 ボクははっぱをどけておきあがる。

 木に水をあげなくっちゃ。

 きっと木ものどがかわいてるはず。

 ボクはいずみに行って手のひらで水をくんできた。

 そしてそっと木のねもとに水をあげた。

 なんかいも水をあげた。

 ちょっとつかれた。

ボクも水をのんだ。

 でも、この木は大きいからもっと水をあげなくちゃ。

 もっといっぺんにあげることができないかな。

月曜日, 8月 20, 2007

胡桃の樹の下で 2

   2

 今日からボクはここにすむことにした。

 この木といっしょ。

 なんだかこの木はボクを守ってくれそうな気がしたんだ。

 ボクは木に水をあげる。

 木はボクにすずしいこかげをつくってくれる。

 キョウゾンキョウエイというのかな。

 ボクはこの木がすきだし、きっとこの木もボクのことをすきだと思う。

 ボクはきっとこの木を守るためにここに来たのだと思う。

 もしかしたら、この木がボクをよんだのかもしれない。

 どっちにしてもボクはかまわない。

 ボクはこの木がすきだし、ずっとここにいようと思ってる。

 なんだかねむくなってきた。

 ずっと歩いたし、この前、いつねたのかもおぼえていない。

 ちょうど少し木のくぼんだところがある。

 ここでねよう。

日曜日, 8月 19, 2007

胡桃の樹の下で 1

   胡桃の樹の下で

 ボクは、いつからここにいるのかわからない。

 気がついたらここにいた。

 ここはあたたかで、きもちがいい。

 ときどきふく風もつめたくない。

 ここはとっても広い。

 いくら目をこすったって見えるのは地平せんだけだ。

 ボクは原っぱをずっと歩いた。

 なんじかんも。

 ときどき、休んだ。

 ここにはいろんな所にいずみがある。

 つめたくてすきとおったきれいな水だ。

 ボクはその水を手のひらですくってのんだ。

 とてもおいしい。

 3回休んだとき、むこうになにかが見えた。

 ちかづいていくと、それは大きな木だった。

 ボクは木の下までいった。

 その木は大きくてりっぱでたくましかった。

 なんだかボクはその木がすきになった。

火曜日, 7月 31, 2007

『たもちゃん vol.9』

 『たもちゃん vol.9』

 たもちゃんが家にやって来た。

 何年振りだろう。

 兎に角,今の家に引越しをしてから,初めてやって来ることになった。

 まず,やって来る前に一騒動があった。

 出かけようとする直前,たもちゃんは意識不明になった。

 義母や義姉が出かける準備をしている時に,突然なったらしい。

 目は虚ろ。

 口からは涎。

 頬っぺたを叩いても,肩をゆすっても,返事が無い。

 義母と義姉は,もう駄目だ,救急車を呼ぼうかというところまで思ったと言う。

 そこで不図,義母はたもちゃんの口が開いていたため,飴玉を放り込んだ。

 すると,たもちゃんは僅かではあるが,意識を取り戻した。

 たもちゃんは低血糖になったため,意識が朦朧としてしまったのだ。

 後に義母は,

「あの時,意識が戻らなかったら,今頃ドライブなんかしてないで,葬式はどうしようという話になったね」

 と述懐した。

 まあ,兎に角,周りを驚かせたが,何とか我が家に無事にやって来た。

 久々に見るたもちゃんは,以前にも増して,病が進行していた。

 歩く姿は,腰を30度程曲げ,足をヨチヨチさせている。

 膝を普通に上げることが出来ない。

 殆ど引き摺るも同然の歩き方だ。

 我が家にやって来たたもちゃんが,まずしたことは,小用であった。

 体の自由がきかないため,たもちゃんはトイレの前で義母と嫁の手によって下着を剥ぎ取られた。

 オイラはその後姿を見ていたのだが,足と足の間から大きな大きなフグリが見えた。

 びよ~んと伸びきった,今は用済みの器官である。

 その姿は,哀れではあるが,ちょっと滑稽でもあった。

 次の日,オイラはたもちゃんと義母と嫁を乗せて,ドライブに行った。

 たもちゃんたちはまだ,富良野のラベンダー畑を見たことが無かったのである。

 ラベンダー畑について,車から降りる時も簡単にはいかなかった。

 もう足を思うように動かせないのである。

 嫁と義母から叱咤激励を受けながら,車からようやく降りた。

 その後,両脇を嫁と義母が支えていたのだが,たもちゃんはずるかった。

 支えてもらっている時は,よたよたとしながら体重を預けるのだが,一人にさせるとちゃんとそれなりに歩くのである。

 嫁と義母にそう指摘されたたもちゃんは,ニヤッと笑うだけだった。

 たもちゃんは病気をいいことに,怠け者になってしまったのである。

 ずるをするようになったのである。

 「仏のたもちゃん」が「頑固なたもちゃん」になり,今度は,「ずるのたもちゃん」になった。

 オイラと嫁はこれが最後のたもちゃんの旅行になるだろうと話した。

 この時撮った写真は,大きく引き伸ばして印刷した。

 まず,葬儀用の写真にならないと思うが。

 家に帰ってから,暑かったのでアイスを食べようとオイラは考えた。

 たもちゃんにもアイスを食べるかと聞いてみた。

 案の定,たもちゃんは,にやりと笑った。

 そして,嬉しそうにアイスを口から溢しながら食べていた。

 勿論,嫁はそんなたもちゃんを叱っていた。

 たもちゃんは,2日前に意識が無かったというのに,元気であった。

 たもちゃんの葬儀はまだまだやってこないだろう。

木曜日, 7月 05, 2007

社長 39

 『社長 vol.39』

 コンパか何か,飲み会の時だったと思う。

 同期で,同じゼミの先輩Tと付き合っていたSKという女がいた。

 SKは,何かの拍子でぽろっと,本当にぽろっと言ってしまった。

 SKがT先輩とHした後,彼はぐっすり眠っていたらしい。

 そこで,SKがしたことは・・・

 なんとT先輩のポコ○ンをサランラップで包んだらしい。

 コンパは大爆笑の渦に巻き込まれた。

 そして,誰かが何故そんなことをしたのか聞いてみた。

 彼女の答えは簡潔にして明瞭だった。

 「だって,アソコが痛んだら困ると思ったんだもん」

 それを聞いて周りはさらに大爆笑した。

 しかし,その後の社長の言葉が凄かった。

 「ふ~ん,腐りやすいほど柔らかかったんだ,その『ピーッ』(放送禁止用語)」

 周りは一瞬,しんとした空気に包まれた。

 彼女はポ○チンを「アソコ」と言っていた。

 社長はもろに性器の俗称を言った。

 勿論,その席には多数の男女がいたのは,言うまでも無い。

 老若男女と言ってもいい位の。

 まあ,当然社長だからそれ位は大したことがない。

 追い討ちをかけるように,また言った。

 「そんな柔らかい『ピーッ』(男性のシンボル)だったら,『ピーッ』(女性のシンボル)に入らないでしょう?」

 「ひっひっひっひ,T先輩の『ピーッ』はふにゃ『ピーッ』なんだ」

 連続の放送禁止用語に我々は打ちのめされた。

 しかも,恐れ多くも先輩の悪口である。

 ばれたら,絶対に苛められる。

 しかも,そのTという先輩はキレやすくて有名だった。

 そして更に,生物のゼミナールの学生である社長は,生物学的用語を駆使しながら

 SKとTのHについて熱く語り始めた。

 勿論,想像である。

 想像でも彼はその手の話なら,いくらでも語り明かせるのである。

 その夜,誰も,そんな社長を止めることは出来なかった。

日曜日, 5月 20, 2007

『社長 vol.38』

 『社長 vol.38』

 社長は,ほとんど変態と言ってもおかしくない性癖の持ち主であったが,誰からも好かれていた。

 特に,ゼミの教授に可愛がってもらっていた。

 その教授は,独身女性であった。

 もしかすると,一見とっつぁんぼうや的な風貌が母性本能をくすぐったのかもしれない。

 社長は,人物批判に於いて一目置かれていた。

 ある講義の時だった。

 その時の講師は,社長のゼミの教授だった。

 隣に座ったN2が社長に何か書いて渡した。

 「今日のチャコ(教授の名はヒサ子だった)の服装を解説・批判せよ」

 社長は,一心不乱に書き込んでいた。

 勿論いつものように,左手でぎこちなく。

 出来たその論文は,素晴らしいものであった。

 「まず,服の下地が白である。これは,彼女の清廉・純潔を表すと同時に,いつでも貴方とならOKよというサインでもある。これを放って置く手は無い。君は果敢にアタックをすべきである。

「第2に,服の柄である椰子の木の葉等は,まさにトロピカルを髣髴させ南国情緒を醸し出している。と同時に南国特有の自由恋愛と情熱をも表している。これも異性に対する自己アピールである。即刻行動に出るがマナーというものであろう。

「第3に,柄の葉の色は緑である。緑は自然を最も表す色彩である。言うまでもなく,これは屋外での行為を望んでいるのである。しかも積極的に。青空の下での行為が彼女の嗜好なのであろう。

「第4に,スカートの赤が述べていることは,言うまでもなく情熱である。深い愛情である。と同時に処女喪失の時の証の色とも読み取れる。つまりは,私のすべてを貴方に捧げますという彼女の決意の表れである。君はその決意を真摯に受け止めるべきである。

「総合的に見て,今日の彼女は積極的で情熱的である。この講義が終了した後,果敢に彼女を誘い出すべきであろう」

 と,大体このようなことを書いていた。

 何につけても社長はN2とチャコをくっつけようとしていた。

 自分の方がずっと可愛がられているにも拘らず。

 そう,社長は誰に対しても性的な側面から心理を解析するという性癖の持ち主であったのだ。

 社長の教授の服装に対する心理分析はその後も行われた。

 しかし,残念ながら先程のレポート以上のできのレポートは出来なかった。

 やはり,社長もどこかでチャコのことが好きだったのかもしれない。

日曜日, 5月 13, 2007

隣の芝生は青い

 「隣の芝生は青い」

 こんな諺がある。

 「隣の芝生は青い」

 他人を妬む人間の心理を表す諺だ。

 ということで,またもやリリーと隣の犬の話。

 今年の4月に引越しをした。

 以前は,近くに犬がいなかったのだが,今回は隣の家に犬がいる。

 ラブラドールである。

 しかし,この犬は実に可愛そうである。

 餌を満足に貰ってないのであろう。

 あばら骨は浮き出て,大型犬なのにうちのリリーのお尻よりも尻が小さい。

 顔だけがいやに大きい。

 体格は中型犬だ。

 ある日,彼はあまりにもお腹がすいたため,銀の餌皿を口に咥えてお座りをしていた。

 何時間も。

 哀れに思った妻と私は,飼い主のいないことを確認し,餌をあげた。

 何せ,ゴールデンウイークの真っ最中で,餌をもらえる確率は0に等しかったからである。

 一番安い,粒状の餌を上げた。

 貪るようにして食べている。

 いや,食べているというより,飲み込んでいる。

 あまりに急いで飲み込むものだから,時々吐いてしまう。

 それでも,吐いた物までしっかりと食べていた。

 食べ終わった後は,お礼のつもりなのか,お腹を見せて寝転がって尻尾を振っていた。

 お腹を撫ぜると目を細めて喜んでいた。

 他にも,彼の哀れな様子が窺える。

 繋がれている紐も,ワイヤーのような細い頑丈な紐で,首に食い込んでいる。

 「首輪」ではない。

 ただのワイヤーである。

 しかも,長さは2m位しかない。

 小屋は小型犬用の小屋で、ラブ(勝手に命名)が入ったなら顔が出てしまうくらい小さい。

 散歩にも連れて行ってもらえないのだろう。

小屋の周りには,糞が無数に転がっている。

下の世話もしてもらっていない。

だから,ラブの体はべたついていて,臭い。

 妻と私の間では,次の決まりを設けた。

1.飼い主に見つからない様に餌をあげる

2.そのうち,飼い主が長い間いない時を見計らって穴を掘り,糞を埋める

3.出来ればシャンプーもしてあげる

 こうして,我が家の隠れ家族が1匹増えた。

 リリーはと言うと,度々食物を持って家を出て行くのが気に入らないらしい。

 そして,帰って来た時には,他の犬の臭いがするのを不審がってる。

 散歩に行く時にいつもラブに会うのだが,いつも挑戦的な態度である。

 リリーにとってラブに置かれた状況が「隣の青い芝生」に見えるのだろう。

 食べたくない物は無視をし,いつでも水が飲める。

 人間が食す美味しい食物のおこぼれも頂戴できる。

狭いながらも,家の中は自由に歩ける。

 散歩も日に2回,定期的に連れて行って貰える。

 いつも誰かに構って貰える,彼女にとってそれはあまり嬉しくないことだろうけど。

 人間とは,いや動物とは勝手な者である。

 それでも,「隣の芝生は青い」のである。

 実際はラブがリリーの状況を「青い芝生」と感じているだろう。

 それが正しい「隣の芝生は青い」の使い方である。