『たもちゃん vol.9』
たもちゃんが家にやって来た。
何年振りだろう。
兎に角,今の家に引越しをしてから,初めてやって来ることになった。
まず,やって来る前に一騒動があった。
出かけようとする直前,たもちゃんは意識不明になった。
義母や義姉が出かける準備をしている時に,突然なったらしい。
目は虚ろ。
口からは涎。
頬っぺたを叩いても,肩をゆすっても,返事が無い。
義母と義姉は,もう駄目だ,救急車を呼ぼうかというところまで思ったと言う。
そこで不図,義母はたもちゃんの口が開いていたため,飴玉を放り込んだ。
すると,たもちゃんは僅かではあるが,意識を取り戻した。
たもちゃんは低血糖になったため,意識が朦朧としてしまったのだ。
後に義母は,
「あの時,意識が戻らなかったら,今頃ドライブなんかしてないで,葬式はどうしようという話になったね」
と述懐した。
まあ,兎に角,周りを驚かせたが,何とか我が家に無事にやって来た。
久々に見るたもちゃんは,以前にも増して,病が進行していた。
歩く姿は,腰を30度程曲げ,足をヨチヨチさせている。
膝を普通に上げることが出来ない。
殆ど引き摺るも同然の歩き方だ。
我が家にやって来たたもちゃんが,まずしたことは,小用であった。
体の自由がきかないため,たもちゃんはトイレの前で義母と嫁の手によって下着を剥ぎ取られた。
オイラはその後姿を見ていたのだが,足と足の間から大きな大きなフグリが見えた。
びよ~んと伸びきった,今は用済みの器官である。
その姿は,哀れではあるが,ちょっと滑稽でもあった。
次の日,オイラはたもちゃんと義母と嫁を乗せて,ドライブに行った。
たもちゃんたちはまだ,富良野のラベンダー畑を見たことが無かったのである。
ラベンダー畑について,車から降りる時も簡単にはいかなかった。
もう足を思うように動かせないのである。
嫁と義母から叱咤激励を受けながら,車からようやく降りた。
その後,両脇を嫁と義母が支えていたのだが,たもちゃんはずるかった。
支えてもらっている時は,よたよたとしながら体重を預けるのだが,一人にさせるとちゃんとそれなりに歩くのである。
嫁と義母にそう指摘されたたもちゃんは,ニヤッと笑うだけだった。
たもちゃんは病気をいいことに,怠け者になってしまったのである。
ずるをするようになったのである。
「仏のたもちゃん」が「頑固なたもちゃん」になり,今度は,「ずるのたもちゃん」になった。
オイラと嫁はこれが最後のたもちゃんの旅行になるだろうと話した。
この時撮った写真は,大きく引き伸ばして印刷した。
まず,葬儀用の写真にならないと思うが。
家に帰ってから,暑かったのでアイスを食べようとオイラは考えた。
たもちゃんにもアイスを食べるかと聞いてみた。
案の定,たもちゃんは,にやりと笑った。
そして,嬉しそうにアイスを口から溢しながら食べていた。
勿論,嫁はそんなたもちゃんを叱っていた。
たもちゃんは,2日前に意識が無かったというのに,元気であった。
たもちゃんの葬儀はまだまだやってこないだろう。