土曜日, 11月 18, 2006

オラの家族 7

 『オラの家族 Vol.7 ココ』

 ココは,不憫な仔だった。
 ココは,チコとトコの仔である。
 ココは,双子の片割れだった。
 ココはアルビノであった。
 柔らかい羽毛は真っ白だった。
 やはり,自然は弱いものに厳しい。
 ココは,親から見捨てられた仔だった。

 親に餌を満足に与えてもらえなかった。
 いつも弱々しくピーピー鳴いていた。
 籠の隅で。
 オイラは,ココを親から離した。
 このままだとココが死んでしまう。
 そんな思いからだった。
 しかし,それはオイラの過ちだったのかもしれない。

 オイラはココを籠から出し,菓子の空き箱で育てることにした。
 食事が満足に与えられ,少しずつ体が大きくなっていった。
 しかし,いつまで経っても羽毛は真っ白のままだった。
 オイラは,毎日ココを手の中で抱いて,撫でていた。
 ココは嬉しそうに目を細めていた。
 手の中のココは,ふわふわで温かかった。
 
 ある時,ココは飛んだ。
 大きくなったココは,飛べるようになっていたのだ。
 そして,その朝,ココは飛んでしまった。
 台所にあった,ぐらぐらと煮え立つお湯の中へと。
 慌てて,お袋はお湯からココを救い出した。
 しかし,ココは無事ではなかった。

 ココは下半身を大きく火傷してしまった。
 ずっと蹲ったままだった。
 排泄が苦しそうだった。
 満足に排泄物が出せなかった。
 オイラは,暇があるとお尻を濡らしたちり紙で,拭いてあげた。
 オロナインも塗ってみた。
 毎日毎日ココを抱いていた。
 ココは小さく震えていた。

 そして,苦しみの中,ココは死んでしまった。
 火傷の苦しみの中で。
 ココは親に苦しめられ,火傷に苦しめられ。
 ココは苦しむために生まれてきたのだろうか。
 オイラがもっと気を付けていれば,飛べそうに育ったのだから籠に入れれば,ココは楽しい一生を終えられたかもしれない。
 オイラには,後悔とココの柔らかい羽毛の感触だけが残っている。

オラの家族 番外編2

 『オラの家族 番外編 2 ムサシ』

 彼は正確に言うとオラの家族ではない。
 隣の家族だ。

 10数年前のことである。
 オラの隣の家では,柴犬を飼っていた。
 名前はムサシ。
 ムサシは甘えん坊な犬だった。
 外で飼われていたのだが,雨が降るとクンクン鳴いて,家の中に入れてもらうような弱っちい犬だった。
 知らない人が来ると,小屋の中でじっと身を潜めている犬だった。
 当然,番犬には使えない。
 どうも,彼は自分を犬と認識していなかったようだ。
 彼の飼い主の子供に対しては,対等の立場で付き合っていた。

 オラもその頃は,犬を飼ってなかったので,可愛がっていた。
 ある時,オラと嫁は散歩に行くことにした。
 ついでだから,ムサシも連れて行った。
 行った所は,川だった。
 川に行く途中,畑の小道を歩こうとした。
 そこには,ごくごく小さな用水路があった。
 幅が50cm位のだ。
 オラの前を歩いていたムサシは,オラの顔をじっと見つめた。
 飛び越えるのが怖いのである。
 そこで,オラが軽く飛び越えた。
 と言っても,軽く一跨ぎしただけだった。
 ムサシはオラの様子を見て,少し,躊躇の表情を浮かべていた。
 飛び越えようかどうか悩んでいたらしい。
 ついに決心して飛び越えたが,飛び越え方は下手だった。
 小脳が未発達なのである。

 そして,川に着いた。
 オイラは,川べりに行って,コンクリートの飛び石に飛び乗った。
 距離にして,約1m位だ。
 こんなの屁でもない。
 ところが,ムサシは躊躇している。
 必死に川の水を凝視しているのである。
 彼は彼なりに,飛べるかどうか,川の深さはどうか,安全は確保されているのかと確認していたのだろう。
 数分後,ついに彼は決心し,飛んだ。
 しかし,現実は厳しかった。
 彼は,川に落ちたのである。
 しかも,彼の足は川底の泥にはまっている。
 身動きできない。
 と言うより,身動きしようとしない。
 彼は,困った顔をした。
 オラは,盛んに綱を引いた。
 それでも,彼は足を何とか抜こうと努力をしない。
 じっと待っているのである。
 オラの顔を見つめて,情けない目をしているだけなのである。
 オラと嫁は,何とか,二人がかりでムサシを救出した。
 救出された彼は,満足な笑みを浮かべていた。

 トラウマになった彼は,決して物を飛び越えようとはしなくなった。
 その後,彼を連れて散歩をしなくなったのは,言うまでもない。

オラの家族 番外編

『虹の橋の袂に』

 野良犬がいた。
 スピッツのように白いふわふわの毛をしていた。
 オイラは,そいつと仲良しだった。
 人間の友達がいなかったオイラの唯一の親友だった。
 オイラの行く先には必ずそいつは付いてきた。
 遊ぶのも,おやつを食うのも一緒だった。
 学校の授業以外は,いつもオイラとそいつは一緒だった。
 ずっと一緒にいようと思っていた。
 ずっと一緒にいられるはずだった。

 ある時,野犬狩りが来た。
 野良犬たちは次々と捕獲されていった。
 当然そいつも狙われた。
 オイラは,野犬狩りが来るたび,そいつを遠くへ追いやった。
 そいつもオイラの考えを知っていて,野犬狩りが来た時にはオイラのそばへ寄ってこなかった。
 そして,そいつは賢かった。
 毒入りの餌には見向きもしなかった。
 猟銃で狙われると,一目散に遠くへ逃げていった。
 一度たりとも捕まることは無かった。
 野犬狩りのおっさん達は毎度毎度逃げられていて,オイラとそいつを苦々しく思っていた。

 ある日,野犬狩りのおっさんが俺に悪魔の取引を申し込んできた。
 あの犬を捕まえてきたら100円やると言った。
 貧乏なオイラにとって,100円は大金だった。

 次の日,オイラはそいつの首をロープで縛り,市役所の支所に行った。
 オイラは悪魔の囁きに耳を傾けてしまったのだ。
 そいつは,死に赴く者特有の全てを観念した目をしていた。
 自分が売られていくことを知っていたのだろう。
 しかし,そいつはオイラを恨む目をしていなかった。
 ただただ悲しそうな目だった。
 そいつを野犬狩りに渡す時,2枚のかまぼこを食べさせてやった。
 そいつの最後の食事を食べる姿は悲しげだった。
 オイラの心はチクリとした。

 今,そいつは虹の橋の袂で他の動物達と遊んでいるのだろうか。
 虹の橋の袂で,オイラを待っていてくれてるのだろうか。
 もし,そいつが虹の橋の袂にいるなら,オイラを待っていてくれるのなら,オイラを許してくれるなら,今度こそオイラは何を投げ出しても,いつまでもそいつと一緒にいようと思う。

オラの家族 6

 『オラの家族 Vol.6 チコとトコ 1』

 チコはオスのインコである。
 トコはメスのインコである。

 彼らは,あてがわれた番(つが)いとして,夫婦生活をそれなりに営んでいた。
 生まれた雛は7羽以上いたと思う。
 ただ,お互いに好みや相性はどうだったのかは,知る由も無い。
 勿論,幸せだったのかどうかも分からない。
 しかし,彼らは,やることはやっていたのである。

 チコは人懐っこく,人の肩や頭の上によく乗る鳥だった。
 よく部屋の中を盛んに飛び回っていた。
 口を鳴らして呼ぶと必ず寄って来た。
 しかし,触られるのはとても嫌いだった。

 トコは反対に人嫌いで,人に殆ど乗る事は無い鳥だった。
 部屋の中のお気に入りの所だけにいた。飛び回ることはあまり無かった。
 口を鳴らしていくら呼んでも絶対に近寄って来なかった
 しかし,掴まれたり,触られたりしても,なすがままだった。

 まったく正反対の性格の夫婦である。
 どう考えても同じ種類の生物とは言い難い。

 そんな彼らであるが,食事の嗜好は一致していた。
 粟と殻付きの何かを餌にしていたが,彼らは殻付きの餌を好んでいた。
 粟は,他の餌が無くなった時の非常食だったようである。

 そんな愛らしい彼らであったが,トコの最後は天寿を全うしたものではなかった。
 卵を産む時期になると,早めに巣箱を籠の中に入れるのが,オイラの役目だった。
 それまでは,きちんと入れていた。
 しかし,その時は何だか面倒くさくて,巣箱を入れるのを引き伸ばしにしていた。
 ある朝,トコの様子が変だった。
 お尻から卵の形の肉塊を出していたのである。
 オイラは何が起こったか,咄嗟に飲み込めた。
 トコは卵を産みたくて仕様が無かったのだが,巣箱が無いため,我慢をしていたのだ。
 我慢が限界を超えて,子宮(でいいのかな?)が,お尻から出てしまったのだ。
 オイラは,慌てて巣箱を入れた。
 しかし,時既に遅し。
 彼女はもう卵を産む時期を逸していた。

 そう,オイラが怠けたからだ。
 それを見かねたオイラの親父が,手荒な手術を施した。
 断ち切りばさみで子宮を切ったのだ。
 どれだけの痛みがトコを襲ったのだろう。
 どんなに苦しいかったろうか。
 次は,ちゃんと巣箱を入れてあげようと,オイラは強く心に決めた。

 しかし,次はもう無かった。
 トコは,翌日冷たく籠の中に横たわっていた。
 オイラは,トコを両手で包み,そっと土に埋めた。
 今も,土の中でトコはオイラを恨んでるだろう。
 でも,できれば,虹の橋の袂でオイラを待っていて欲しいと思う。
 そして,トコを肩に乗せて,虹の橋を渡りたい。

オラの家族 5

 『オラの家族 Vol.5 リン』

 リンちゃんは,金魚である。
 オスかメスかは分からない。
 自分の名前も認識していたかどうか分からない。
 しかし,家族の中でオイラの言うことを一番聞くのは,リンちゃんであった。
 しかし,2年程前に他界してしまった。
 惜しい人ほど早くいなくなる。
 リンちゃんも例外ではなかったようだ。

 リンちゃんは,お祭の夜店で掬った由緒正しい金魚だ。
 正確に言うと,掬ったのではなく,『掬えなかったからおまけに貰えた』金魚である。
 屋台の金魚にも拘らず,5年ほど生きたのだから,長寿の部類に入ると思う。
 
 リンちゃんは,食事になるとオイラの近くに寄って来た。
 そして,口をパクパクと開け,餌をおねだりするのだ。
 また,姿勢も大変素晴らしく,水面に対し,ほぼ垂直である。
 直立不動である。
 口はパクパクしているが。
 そんな仕草が可愛くて,30分程餌をやらずに,眺めていたことがあった。
 リンちゃんは文句も言わず,30分もパクパク,パクパクとしていた。
 愛らしい金魚である。
 健気である。

 金魚鉢を指でトントンと叩くと,必ず寄って来た。
 名前を呼ばれても近寄って来ようともしないリリーとは雲泥の差である。
 「リン」と呼び掛けても返事は返ってこなかったが,口がきけるのならきっと返事をしてきただろうと思う。
 
 そんな,リンちゃんであったが,最期はあっけないものだった。
 出掛けるとき,リリーは連れて行けるが,リンちゃんはそうも行かない。
 まさか金魚鉢を車に乗せるわけにはいかない。
 したがって,リンちゃんは必ず,留守番であった。
 勿論,留守の間に電話に出るとか,泥棒が入らないようにするとか,そういう実務は全然できない。
 勿論,家族の誰一人としてリンちゃんに実務を期待する者はいない。

 北海道の冬は寒さが厳しい。
 家を留守にすると,帰ってきた時,暖まるのに1日はかかる。
 そこで,なるべく寒くならないよう,トイレに電気ストーブを置き,リンちゃんもそこに置いておくことが当たり前になっていた。
 電気ストーブは小型の物で,サーモスイッチが付いている物である。
 ある,冬の日,オイラたちは実家に出かけた。
 いつものようにトイレにリンちゃんを置いた。
 しかし,帰ってくると,トイレの中は異様に暑く,リンちゃんはお腹を見せて浮かんでいた。
 そう,ストーブのサーモスイッチが壊れていて,ずっと暖房されていたのである。
 リンちゃんは,ストーブによって殺されたのである。
 さぞ,無念だったに違いない。
 毎年,リンちゃんの命日には,墓の前でその電気ストーブを叱ってやっている。
 きっと,リンちゃんも天国で喜んでいることと思う。

オラの家族 4

 『オラの家族 Vol.4 タミコ』

 タミコは,オラの嫁だ。
 そう,「野菊の墓」に出てくるタミさんだ。
 「タミさんは,野菊のような人だった」
 ?
 ??
 ???
 全然そんなことは無い。
 そんな華奢なものじゃない。
 可憐じゃない。

 どちらかというと,エゾマツに近い。
 肌が。
 逞しさが。
 もしかするとハイマツの方が近いかもしれない。

 嫁の実家に帰ると,嫁はあれこれとみんなに指図をする。
 「ちょっと,ばあちゃん,洗った茶碗,すすいで」
 「ちょっと,さな(姉)。早く魚,焼いて」
 「ちょっと,マーちゃん,こんなところに座らないで,ソファーに座りなよ」
 「ちょっと,ユカ。ゲームばっかりしないで,外に行って遊びなさい」

 自分で言ってる。
 「あたしはM家(嫁の実家)の太陽なのよ」と。
 自分を中心に宇宙が動いてると思っている。
 偉そうな太陽である。
 太陽は太陽であることを自慢しない。
 しかし,M家の太陽は自画自賛しまくりである。

 体格も頼もしい。
 子供が生まれてからは,足も腕も随分と逞しくなった。
 結婚する前は,華奢だった腕が,今ではオイラより太い。
 結婚する前は,太かった太ももが,結婚後も太い。
 ん?違うか?次行こう。
 臀部も確実に成長を遂げている。
 あと5人くらい軽々と生めそうである。
 でも,生まないだろうと思う。
 生まれる原因をしてないから。
 情けない父ちゃんである。
 重々承知している。

 嫁は専業主婦である。
 時々,農家の手伝いに行く。
 アルバイトである。
 時給は750円である。
 北海道では,この位が相場である。
 因みにオイラの時給は,約3000円である。
 ちょっと自慢である。
 嫁の時給を聞いた時,ため息をついた。
 なんで1時間750円ぽっちで働く?
 そんな割りの合わん事はできん!
 しかし,小銭を稼ぐのが好きな嫁は,嬉々としてアルバイトに行く。

 アルバイトより,料理の腕を上げろよ!
 そんな力仕事したら,また腕が太くなるだろうが!

 すまん。
 オイラの愚痴だ。
 しかし,嫁のアルバイトのおかげで,エアコンが付いた。
 自転車も買った。
 マツタケも食った。
 悪いことばかりではないようだ。

 今日も嫁は,せっせとアルバイトに励んでいる。

オラの家族 3

 『オラの家族 Vol.3 ユカ』

 オラには娘が一人いる。
 名前はユカだ。
 漢字で書くのはちょっとためらわれるので,カタカナで書く。
 ためらう理由は別に無いが・・・
 
 兎に角,彼女は,オラにとって最悪の作品だ。
 これ以上,出来の悪い作品はない。
 オラと嫁のDNAの悪い部分だけが受け継がれている。

 オラの負のDNA。
1.汗っかきである。
2.1の理由から足が臭い。
3.1の理由から水虫である。
4.協調性が無い。
5.孤独を好む。
6.運動が苦手である。
7.1の理由から脂性である。
8.寝相が悪い。
9.目が悪い。
10.不細工である
11.鼻が悪い。
12.耳が遠い。
13.神経質である。
14.好き嫌いが激しい。
15.乗り物に弱い。
16.字が下手である。
17.絵のセンスが無い。
18.ピアノを習っているのに音痴である。
19.能力が低いくせに努力をしない。
20.忍耐力が無い。
21.自己中心的である。
22.だらしない。
23.体を動かすのが好きでない。
24.行動力が無い。
25.物忘れが激しい。
26.その他

 嫁の負のDNA。
1.頭が悪い。
2.太ももが太い。
3.咄嗟の判断力に劣る。
4.不細工である。
5.絵を描くのが下手である。
6.論理的思考ができない。
7.能率が悪い。
8.簡単な計算をよく間違える。
9.同時に2つのことを考えることができない。
10.説明が下手である。
11.地図が読めない。
12.その他

 よくまあ,これだけ悪いところを選んで作り上げられたものだと思う。
 やはり,この世に神はいないと思う。
 良いところは一つも見つけることができない。
 こんなに自分の娘をぼろくそに言うことができるものだと我ながら感心する。
 しかし,事実は変えようがない。

 よく,娘が嫁に行くことを考えると涙が出てくるという父親がいる。
 オラは違う。
 嫁に行けないことで涙が出そうになる。
 大体,こんな娘と付き合おうと思う殊勝な男がいるだろうか?
 オラから見れば,NOである。
 オラなら絶対付き合わない。
 ましてや結婚なんてしない。
 絶対に。

 こんな娘でも,10年ほど前は可愛かった。
 どんな動物でも,小さい頃は可愛いように,オラの娘も1歳くらいの頃は可愛かった。
 若い人からは可愛いと言われなかったが,爺さん婆さん達からは可愛いと言われた。
 爺さん,婆さんに人気なのである。
 もしかすると,顔の作りが30年程前なのかも知れない。

 まあ,愛着が無い分だけ,実験用モルモットとしては最適である。
 オラは毎日実験をしている。
 何をしたら怒るのか?
 どこまで忍耐力があるか?
 どこまで臭くなることが出来るか?
 断っておく。
 決して,児童虐待ではない。
 明らかな実験である。
 崇高なる目的を持った実験である。
 もう一度言おう。
 決して楽しんでいるわけではない。

 なんだか書いているうちに実験したくなってきたので,これから娘を殴ってこようと思う。

 少し,すっきりした。
 娘は少し怒ったが,反抗はしてこなかった。
 この程度は忍耐できるようである。
 しかし,うっすらと涙を浮かべていた。

 さて,話を進めようか。
 うん,まあ,なんだ。
 娘が可愛くて仕方が無い父親なんて,信ずるべきに値する人間ではないだろう。
 その証拠に,オラのように娘の長所・短所を箇条書きにして表してみると良い。
 欠点の方が遥かに多いことが分かるはずだ。
 すると,娘を客観的に見ることの出来るオラは,信用が厚いはずである。

 誰かオラに金を貸さないか?

オラの家族 2

 『オラの家族 Vol.2 リリーの1日編(1)』

 オラは昔から犬が好きだった。
 しかし,金を出して犬を飼ったのは,リリーが初めてだ。
 オラにとって,リリーは超高級犬である。
 今までは,野良犬を拾ってきたり,知り合いから貰ったりしてたのだから。
 
 しかし,リリーは,今まで飼った犬の中で一番のはずれだ。
 その事については,前回書いたのでもう止めにする。

 さて,今回は彼女の1日の行動を記そう。

 6:00 暇なんだから早く起きてよ
 彼女の1日は,まず,オラと嫁の間から起床する事から始まる。
 熱帯夜以外は,まず,このパターンである。
 夜明けの肌寒さの中,人の温もりを求めて,オラと嫁の間に入ってくるのだ。
 そして,起きて一つ伸びをすると,真っ先に嫁の顔を鼻先で突っつく。
 早く散歩に連れて行けという彼女の欲望の催促である。
 時々,5:00前に起きて,嫁に怒られるときもある。

 6:30 お散歩大好き
 約2kmの距離の堤防を散歩する。
 堤防に行く途中,3匹の犬に対して吼える。
 これは日課である。
 彼女の彼女なりのセレモニーなのである。
 何せ,彼女は吼える犬なのだ。
 犬を見て,黙っていることはできない。
 でも何故か,猫を見てもあまり吼えない。
 いつもの3匹に対しては,彼女なりに自分が優位に感じられるのだろう。
 強気の姿勢で吼えまくる。
 そして,嫁(たまにオラ)に必ず叱られる。
 それでも,彼女は決して吼えるのを止めようとはしない。
 お馬鹿さんなのである。

 堤防に着くと,ハーネスから紐を外し,自由に歩かせる。
 彼女は,紐を解き放たれても,喜び勇んで走り回ることはあまり無い。
 嫁やオラの傍から20m以上は離れない。
 不安なのである。
 彼女が先に歩いている時は,15mも離れると立ち止まって追いつくのを待っている。
 所々で,何か彼女にとって気になるものがあるのか,熱心に臭いを嗅ぐ。
 必然的に嫁やオラに置いて行かれる。
 すると彼女は,猛スピードの必死の形相で追いかけてくる。
 兎に角,独りになるのが不安なのである。

 そして,時々,他の散歩の犬とすれ違う。
 よく会う犬に,じいちゃんが連れた柴犬がいる。
 おじさんが連れたラブラドールにも,時々会う。
 勿論,彼女は吼えまくるのは言うまでもない。
 しかし,彼女の前脚は震えている。
 いつも震えている。
 ビビッているのである。
 負け犬の遠吠えである。
 震えるくらい怖いのなら吼えなきゃいいのにと思う。
 しかし,彼女の中の何かが彼女を駆り立てるのだろう。
 必ず吼える。
 もうこのパターンは止めて頂きたい。
 そして,無事かどうかは分からんが,散歩が終わって帰宅する。

『オラの家族 Vol.2 リリーの1日編(2)』

 7:00  ハムが食べたいわ
 彼女の食事は主にシーザーだ。
 1缶128円也(一番安い店で)である。
 シーザーよりランク下のドッグフードは一切食べない。
 1回,賞味期限の切れた安売りのフードを食べさそうとしたが,駄目だった。
 でも,彼女はシーザーに満足してわけではない。
 彼女の楽しみは,フードを全部食べ終わった時に貰えるハムなのである。
 彼女はフードよりも人間の食べ物に対して異常な程の執着心を持っている。
 もしかしたら犬のグルメなのかもしれない。
 前世が人間だったのかもしれない。
 もう,好き嫌いがはっきりしている。
 しかし,フードを全部食べなければ,ハムは貰えない。
 原則的に。
 ハムは,食事をしっかり摂ったご褒美なのである。
 しかし,時々原則を外れる事がある。
 どうも生理中になると,彼女の食欲は減退するらしい。
 フードを全く食べようとしない。
 そんな時は,彼女に対して甘すぎる嫁は,ハムをフードにトッピングする。
 そして,ようやく彼女の食事は終わる。

 7:30 あたし果物大好きよ
 オラは,朝食を摂らない事が多い。
 大体は朝食代わりに,季節の果物を食する。
 彼女は,オラが果物を食べようとすると,必ずオラの前でお座りをする。
 勿論,横座りだ。
 そして,切ない目をしてオラを見上げる。
 嫁は,必ず彼女用の小さく切った果物をオラの皿に載せている。
 彼女は,本能的・経験的にそれを知っている。
 彼女用の果物を貰えるまで,オラから離れることは絶対に無い。
 オラから果物を貰い終わって,「終わり」と宣言されるまでオラの前に座っている。
 「終わり」と宣言されても離れない事の方が,多いかもしれない。

 7:45 行っちゃイヤン
 ジャラッとした,車のキーの音でオラの出勤が分かる。
 オラが出勤しようとすると彼女は激しく吠え立てる。
 「行くな」と言っているのである。
 彼女は,家から誰かが去っていくのをとても嫌がる。
 どんな客に対しても,家から去ろうとする者には「行くな」と吼えまくる。
 そして,時々,オラのズボンの裾を噛り付き,行かれない様にするときもある。
 この間もズボンの裾を破かれてしまった。
 しかし,オラは無情にもそのまま出勤するので,彼女は諦めるしかない。

 8:10 ねえちゃんも行ってしまうの?
 オラの時と同様,激しく吠え立てる。
 しかし,娘にも無情に置いて行かれる。

 8:30 布団でじゃれじゃれ
 嫁が布団をしまう。
 布団を畳む行為が,彼女にとって面白いらしい。
 次々と畳まれていく布団にダイビングアタックを仕掛ける。
 嫁も布団を畳みながら,彼女に構ってやる。
 彼女のお気に入りは,オラの布団下に敷かれている乾燥剤入りの敷物である。
 オラは寝汗がひどい為,毎日これを敷いて寝ている。
 これが彼女にとって,堪らないらしい。
 乾燥剤入りの敷物の周りを激しく吠え立てながら齧ろうとする。
 しかし,齧られてしまっては,使用不可となってしまうので,嫁は必死に防戦する。
 これが嫁と彼女とのお遊びだ。
 今のところ嫁は防衛し続けている。

 9:30 お楽しみのおやつまだかしら?
 嫁が家事をこなしている間でも,この時間になると彼女は冷蔵庫の前でお座りをする。
 おやつの時間だからである。
 おやつの内容物は色々だ。
 彼女はこれを食べ終わらない限り,冷蔵庫の前から離れない。
 そして,食べ終わると,ものすごく悲しげな目をする。

『オラの家族 Vol.2 リリーの1日編(3)』

 10:00 暇だから,お昼寝でもするか・・・
 食べるものは食べてしまったので,ある程度彼女は満足する。
 そして,玄関と居間の境界上でのんびりと昼寝をする。
 しかし,この時に外から何かの物音が聞こえると,黙っちゃいない。
 吼えまくる。
 そして,彼女なりに満足すると又昼寝をする。

 11:00 獲物発見,ターゲットロックオン!
 彼女は,嫁が掃除をするのを妨害する。
 彼女は電気掃除機には,興味が無い。
 彼女の関心は,専らダスキンの科学雑巾である。
 これを使って嫁が掃除をすると,獲物を狙うように瞳が光り,盛んに攻撃する。
 尻尾は全開に回転している。
 そして,しきりにくしゃみをする。

 12:00 おいちいな
 彼女は基本的に昼食が当たらないことになっている。
 しかし,彼女に甘い嫁は,自分の昼ごはんを彼女に与える。
 彼女にとってこれは昼食と言うよりおやつに近い感覚であろう。
 とりあえず人間の食べ物を貰うと満足する。
 彼女の血圧は高塩分の為,高血圧であると推測される。
 しかし,血圧は測ったことが無いので分からない。

 12:30 お昼寝ごろごろ
 この時間,彼女は暇である。
 この時間になると嫁もあまり相手をしてくれない。
 娘も帰ってこない。
 暇をもてあまして,彼女は寝るしかない。
 時々,隣の児童公園から子供の声が聞こえると,激しく吠え立てる。
 それがこの時間帯の唯一の楽しみである。
 それを除けば,平穏なひと時である。

 15:00 やっと帰ってきたわ
 兎に角,彼女は誰かが来ると嬉しくて堪らない。
 娘が帰ってくるのを足音で察知する。
 そして,玄関で待っている。
 娘は,彼女を抱きしめ撫でてやる。
 彼女は尻尾を振り,目を輝かせて喜ぶ。
 しかし,彼女の喜ぶ様子は1分で終わりを告げる。
 5・6回も撫でられると,もうどうでもよくなる。

 17:00 嬉ちい嬉ちい
 彼女はオラの車のエンジン音が分かる。
 オラが帰宅すると必ず,玄関で待っている。
 その一瞬だけは,忠犬ハチ公になっている。
 勿論,彼女の忠実は一瞬で終わる。
 オラに対しても,5・6回撫でられると,もうお終いである。
 しかし,時々ではあるが3分位,オラから離れない時がある。
 その時は必ず,オラの腋を嗅いでいる。
 彼女は,オラの脇の臭いが結構お気に入りらしい。
 そんな時は,必ずくしゃみをしている。
 腋臭の臭いでくしゃみをするわけではない。
 彼女は嬉しい時,必ずくしゃみをする。
 嬉しい時にくしゃみをするのは分かったが,何故かは分からない。
 そして,これで彼女は,家族が全員揃ったと安心する。

 『オラの家族 Vol.2 リリーの1日編(4)』

 17:15 あたし臭い足が大好きよ
 オラは,靴下があまり好きではない。
 靴下を履くと足が蒸れて嫌なのである。
 オラは汗かきである。
 だから,オラの足は臭い。
 しかも水虫である。
 しかし,彼女にとってオラの足は,もう猫のマタタビの如し。
 オラがソファーで寛いでいると,ずっとオラの足を舐め続けている。
 もしかすると彼女の口の中は,水虫に冒されているかもしれない。
 嫁は,ずっとそれを心配している。

 17:30 おこぼれを待つワン
 嫁が夕食を準備する時,大体に於いて彼女は嫁のそばを離れない。
 おこぼれを頂戴する為だ。
 更に,ある事を嫁がしようとすると何処にいても飛んで来る時がある。
 それは,野菜をキッチンの床下の室から取り出す時である。
 別に何か食べ物を貰えるわけではない。
 特別なことがあるわけではない。
 それなのに,彼女はやたらと興奮する。
 興奮して,室の口の周りを激しく回る。
 勿論,吼えながら,尻尾を振りながらである。
 さらにくしゃみも凄い。
 何故こんなにも興奮するのか,未だに以って不明である。

 18:00 何か貰えないかな?
 朝食と同じ。
 ハムを貰える事だけを考えて,彼女の夕食は終わる。
 そして,食事中の嫁・娘・オラの所を行ったり来たりして,おこぼれ頂戴を期待する。

 19:00 傍に寄っちゃ嫌!
 おこぼれ頂戴が終わると,またしても暇をもてあます。
 寝室や娘の部屋で一人になって寛ぐ。
 そこへ時々オラや嫁や娘が傍に寄っていく。
 すると,彼女は嫌な顔をして,すぐに逃げ出す。
 本当に嫌そうな顔をする。
 でも,ほんの時折,逃げ出さずに腹を撫でさせるときがある。
 そんなときの彼女の姿勢は,おっぴろげのおちょん丸出しである。
 妙齢の女性として,恥ずかしいと思わないのだろうか。
 不思議である。

 20:00 やきもち焼いちゃう
 娘が風呂上りに嫁に耳掻きをして貰ったりすると,娘にやきもちを焼く。
 自分も構って貰いたくて,周りをうろうろする。
 そして,時々,構ってくれないのにイラついて,娘の足を噛んだりする。
 べたべたされたくないくせに,やきもち焼きなのである。
 オラと嫁が,いちゃついた様子を見るだけでも,彼女は怒る。
 オラと嫁は時々,それを見て喜んでいる。

『オラの家族 Vol.2 リリーの1日編(5)』

 21:30 肥満の原因
 嫁の唯一の楽しみ,読書をしながらのビールタイムである。
 これが,彼女にとってもお楽しみの夜食タイムでもある。
 彼女の肥満の原因でもある。
 嫁のビールのつまみのさきいかやピーナッツを貰うのである。
 ポリポリ言わせながらピーナッツを齧る。
 さきいかも齧る。
 すぐに飲み込むからさきいかの本当の美味しさなんて分からないとオラは思うのだが。
 犬は牙しかないから,豆類などは食べにくいだろうに,それでも食べている。
 流石,本能の塊である。
 そして,おこぼれをいくつか貰うと,嫁に「もうお終い」を宣言される。
 仕方なく,彼女はしぶしぶ何処かへ去って行く。

 22:00 仕方がないから,おねんね
 夏なら涼しい所,冬なら暖かい所を求めて,そこで眠りにつく。
 これで彼女の長い1日は終わる。

 彼女にとって日常に於けるお楽しみは,食事と散歩とじゃれだけである。
 しかし,時々,彼女にとって特別な事がある。
 それは,オラの親父の登場である。
 オラの家に親父が来た時とオラが親父の家に行った時である。
 兎に角,彼女は親父が大好きである。
 食べ物を貰うとき以外は,必ず,絶対親父の傍にいる。
 親父をこんなにも好きな理由として考えられるのは,散歩である。
 親父は何処にいようと,必ず彼女を連れて散歩に行く。
 延々と1時間以上も散歩する。
 まず,それが大きな理由だと思う。
 しかし,それだけでは納得出来ない面がある。
 散歩が終わった後でも,親父の傍から離れないのである。
 親父の顔をずっと見続けて,隙あらば親父の顔を舐めようとする。
 どれだけ,親父が邪険に扱っても離れない。
 よく分からん。
 彼女と親父の間に何か相通じるものがあるのだろうか。
 彼女は何も言わないから何も分からない。

オラの家族 1(後編)

 『オラの家族 Vol.1 リリー編(後編)』

 そして,4匹いる仔犬の中からリリーを選んだのは,オラの娘だ。
 25%の確率ではずれを選んだことになる。
 『ホクートの券 せ』で単発を食らうのと同様の確率だ。
 オラの娘は確実に25%を引いてしまう特異体質なんだろうと思う。
 オラの娘は,『ホクートの券 せ』を打つと,かなりの確率で単発を食らうであろう。
 旧ホクートでは,かなりの回数を単発で終わるのは確実だ。
 しかし,逆に考えると2チェでは,確実に前兆に入るのかもしれない。
 BBゲットしては,単発を繰り返す哀れなスロッターになるかもしれない。
 今度,ゲーセンでホクートを打たせて,娘の引きを確認しようと思ってる。

 さて,犬だ。
 リリーは,はずれの犬である。
 それは,もう間違い無い。

 まず,『お座り』ができない。
 後ろ足が悪いため,どうしても横座りのようになってしまう。
 しかし,これは生まれつきのため,彼女の責任ではない。

 『伏せ』もできない。
 やる気が無いのである。

 『待て』もできない。
 欲望に忠実なのである。

 名前を呼ばれてもご主人様に擦り寄ってくることは,無い。
 一回メイド喫茶に連れて行って,メイドの何たるかを教えようかとも思ったこともある。

 名前を呼ばれてもご主人様に擦り寄ってくることは無いくせに,食べ物があると,呼ばれなくても擦り寄ってくる。
 名前を呼ばれてもご主人様に擦り寄ってくることは無いくせに,自分が寂しいと人が寝ているところにハンけつを乗せてくる。
 名前を呼ばれてもご主人様に擦り寄ってくることは無いくせに,誰かが出掛けようとすると悔しくて吠えまくる。
 名前を呼ばれてもご主人様に擦り寄ってくることは無いくせに,寒い日は布団の中に入ってくる。
 しかも,寝転がってるところに近寄っていって撫でると,実に迷惑そうな顔をして,すぐに他の所へ行ってしまう。
 彼女は自由奔放なのである。
 彼女の前世は猫だったに違いないとオラは,にらんでいる。

 時々,仰向けになって寝る。
 それが彼女にとって快適であるらしい。
 勿論,前後とも足は大開きである。
 まさに,ヤリ○ンの女そのものである。
 彼女が人間だったら間違い無く,中絶の一つや二つはしているはずだ。
 まあ,確かに彼女は人間だったら,30前後の油の乗り切った年頃である。
 彼女なりにおっぴろげで寝る理由があるのだろう。
 
 はずれを引いたと思うが,リリーを飼ったことには後悔していない。

オラの家族 1(前編)

 『オラの家族 Vol.1 リリー編(前編)』

 オラは犬を飼ってる。
 名前は『リリー』という。
 とても可愛い,女の子らしい名前である。
 しかし,当初7歳の娘は,『シロ』と名付けようとした。
 犬種はシェットランドシープドッグ,所謂シェルティーである。
 白い所は首周りと足のみであり,全体としては茶色である。
 我が娘ながら,その脈略の無い名付け方に溜息が出た。
 勿論,安堵の溜息ではない。逆である。

 リリーは,顔つきが醤油顔であり,決してシェルティーの凛々しい顔つきではない。
 シェルティーと柴犬を足して2で割ったような顔つきである。
 が,色々な人から「可愛いね」と言われる。

 リリーは一応,血統書付である。
 しかし,我が家に血統書は存在しない。
 何故かというと買った所がとんでもないいい加減な所だったからである。
 そこは,ペットショップでは無い。
 ペットショップに卸す,ペット卸し屋である。
 でも,正確に言うと犬の繁殖所である。
 兎に角,その店の辺り一面は異様に臭かった。

 そこのいい加減親父は,
「後で血統書は送ります」
と言ったまま,送ってこなかった。
 犬に10万,血統書に5千円払った。
 5千円の損である。
 実に悔しい。
 しかしそこはもう既に潰れてしまっている。
 今更,文句の言いようが無い。

 いい加減親父は,
「メスはおとなしいよ」
と言った。
 しかし,物音がするとすぐに吠え立ててうるさい犬であった。

 しかも,リリーは,はずれの犬だった。
 仔犬の時,犬を登録し,狂犬病予防接種のために犬猫病院に行った。
 獣医はリリーを見るなり,こう言った。
「はずれを選んだね」
「後ろ足が異常に細い」
「発達不良だね」
「あそこは(買った所)は,評判悪くて有名なんだよ」
 ううぅ・・・あそこを選んだのはオラだ。
 ペットショップより安いと知って,選んでしまった・・・

たもちゃん 7

 『たもちゃん vol.7』

 今のたもちゃんの楽しみは,食べることだけだ。
 特に甘い物には目が無い。
 袋菓子があると,いつの間にか無くなっている。
 すべて,たもちゃんの所為だ。
 そう,たもちゃんは他の人がいないと食べ物を探して徘徊するのだ。
 人がいる時には,椅子から動かないが。

 この間,久し振りにたもちゃんのところへ行った。
 お土産に,ゼリーの詰め合わせを持って行った。
 嬉しそうな顔をするたもちゃん。
 たもちゃんは,早速ゼリーを口にした。
 しかし・・・
 動きが鈍い。
 とてつもなく鈍い。
 3歳児よりも食べるのが遅い。
 それはそうなのだ。
 パーキンソン病は,手足が不自由になるのだ。
 プルプルとしたゼリーをプルプルとした手で食べるたもちゃん。
 一口を口に運ぶまで,30秒は掛かる。
 飲み込むのは速い。

 遂に,たもちゃんは痺れを切らした。
 「おい。カレン(嫁の名)。食わしてくれ」
 嫁は,冷たく突き放す。
 「そんな物くらい,自分で食べなよ。あたしは忙しいんだから」
 淋しい目でオイラを見つめるたもちゃん。
 オイラは・・・
 目を逸らしてしまった。
 こんなオイラは婿失格だ・・・

 たもちゃんは,優しさを計るリトマス紙のようになってしまった。

たもちゃん 6

 『たもちゃん vol.6』

 たもちゃんが元気な頃,一緒に山に木を切りに行ったことがあった。
 その時は,夏の暑い盛りで,めくらアブがぶんぶん飛んでいた。
 オイラの周りにもたもちゃんの周りにも無数のアブが飛んでいた。
 オイラは虫が苦手だ。
 オイラは,アブが近寄ってくるたび,撃退したり,逃げたりと一瞬でもじっとしていることはなかった。
 それに引き換え,たもちゃんは・・・
 微動だにしない。
 そして,チェーンソーの用意をしている。
 背中には,アブを何匹もくっつけている。
 よく見ると,首にも一匹のアブがくっついている。
 アブなんぞを怖がっている男なんぞ男ではない。
 背中がそう言ってるようだった。
 
 アブに血を吸われても黙々と作業を続けるたもちゃん。
 それは,男の中の男だった。
 その日から,オイラはたもちゃんを男として尊敬した。

 そんなたもちゃんが今では・・・
 夜になり,当然家の明かりを点ける。
 網戸の隙間から,開け閉めをする玄関からいろんな虫が家の中に入ってくる。
 当然,蛾も入ってくる。
 すると,たもちゃんは必ずこう言う。
 「おい,ルーシー(オイラの嫁の名),ちょうちょ入ってきた。ちょうちょ」
 違うって。
 蛾だって。
 
 蛾をティッシュで摘み,外へ逃がしてあげる嫁。
 「そんな,逃がしたらまた入ってくるだろ。ストーブでくべろ(燃やせの意)」

 蛾にしても他の虫にしても兎に角,殺さないと気が済まないたもちゃん。
 この時のたもちゃんは全然,仏のたもちゃんではない。

たもちゃん 5

 『たもちゃん vol.5』

 たもちゃんの背中。
 それはそれは,大きな背中であった。
 パーキンソン病に冒された今となって,その事がつくづく身に沁みる。
 
 何が大変だって,たもちゃんを風呂に入れるのが大変だ。
 まだ,オイラは1回しか入れてないが,ほとほと参った。
 約90kgの肉体である。
 これには参る。
 ただでさえ,滑る風呂場である。
 自分一人でさえ,滑って危なっかしいのに,更に90kgの肉体を支えなければならない。
 オイラが滑って頭でも打ったら,嫁と娘が困る。
 たもちゃんなら・・・
 困る人はいないか?
 ならいいか。
 いや,良くはない。
 自分の目の前で死人が出るのは,あまり喜ばしい事ではない。
 ましてや,岳父だ。
 寝覚めが悪そうだ。
 あのがたいで,夢枕に立たれた日にゃあ,こちらとしてもやる瀬がない。

 それでも,パーキンソンと診断され,介護施設にお世話になるまでは,家で入れていた。
 義母と嫁が。
 オイラは,寝転がってビールを飲んでいるだけだから,楽だった。
 真冬でも,義母も嫁も汗だくであった。
 真夏になると,もう無理だ。
 湯船には浸からせない。
 シャワーのみである。
 これでも汗を掻く。
 サウナ以上に。

 最初は,たもちゃんも『jr.』を見られるのを恥ずかしがっていたが,途中からは平気そうだった。
 また,たもちゃんの「おピーーー」が「ピーーー」で「ピーーー」なのである。
 だから,オイラは,たもちゃんの「おピーーー」が「ピーーー」になる瞬間,目をそらしていた。

 したがって,近頃は特別な事がない限り,アバンテで入れてもらう。
 これが週に2回だ。
 週に2回じゃ,ちょっとたもちゃんがかわいそうだが,仕方がない。
 狭い,家の風呂に入れるには,あまりにもたもちゃんのガタイがよすぎるのだ。
 過ぎたるは,尚及ばざるが如し。
 逞しかった体が,今ではもてあましだ。
 義母も嫁もそのことを痛感している。
 でも,一番痛感しているのは,たもちゃんかもしれない。

たもちゃん 4

 『たもちゃん vol.4』

 たもちゃんは,本名はたもちゃんではない。
 当たり前かもしれないが,一応確認しておく。
 たもちゃんの本名は「保」と言う。
 でも,周りのみんなからは,「たもちゃん」と呼ばれている。
 たもちゃんは懐が深く,温厚で,面倒見が良いため,「仏のたもちゃん」と言われていた。
 もうすぐで本当の仏になるかもしれないが・・・

 まあ,そのことは置いておこう。
 たもちゃんの今の楽しみは,食べることだけだ。
 嫁が,夕飯近くになり,たもちゃんに聞く。
 「マーちゃん,お腹空いた?」
 「いや,あんまり空いとらん」
 嫁は,試しにお菓子をそっとたもちゃんの近くのテーブルに置いてみる。
 たもちゃんは,そっと手を伸ばす。
 そして,覚束ない手で袋からお菓子を出す。
 そして,食べ始める。
 その目は輝いている。
 そうなのだ。
 「空いとらん」というのは嘘なのである。
 試しに食後に食べ物を置いてみても同じである。
 いつの間にか,たもちゃんは食べているのである。
 いくらでも食べられるのである。
 
 どんな時でも,食べ物を勧めると断ることは無い。
 きっと,トイレや風呂に入っているときでも同じだろうと思う。
 今度,たもちゃんのところに行ったら試してみようと思う。
 オイラは,好奇心旺盛な理科の学生なのである。
 実験をせずにはいられないのである。

 話を元に戻そう。
 食べ物の話だ。
 今年のゴールデンウイークに行った時のことだ。
 その時は,農繁期ということもあって,たもちゃんはアバンテ(介護施設)に入っていた。
 面会に行ったのは,午前11頃であった。
 たもちゃんは・・・
 部屋に居なかった。
 たもちゃんが居た場所は,食堂であった。
 しかも行儀良く,お手手を揃えて座っている。
 何もすることが無いものだから,食堂で昼食が出てくるのを待っていたのだ。
 近くには,似たようなおばあちゃんが居た。
 髪は真っ白で,地肌も見えかけている。
 確実にたもちゃんより年を食っている。
 遥かに。
 お預けを食らった犬のように食事を待つたもちゃん・・・
 嫁は,涙をうっすらと浮かべていた。
 オイラは,次は自分の番だと思った。

たもちゃん 3

 『たもちゃん vol.3』

 たもちゃんがマーちゃんと確認されたのは,ある夏のことである。
 たもちゃんは,既にパーキンソン病に冒されていたので,ベッドに横たわることも自分一人ではできなった。
 更に,夜中にしょっちゅう用便をする。
 一晩で4・5回は当たり前である。
 そのため,いつも義母が,たもちゃんを起こしたり,横にさせたり,寝返りをうたせたりしていた。
 しかし,そんな日が1年中続くと体が参ってしまう。
 そこで,オイラの嫁は,年に数回実家に帰り,たもちゃんの世話をしていた。
 
 オイラの夏休みに合わせ,いつものように嫁の実家に行った。
 昔ならオイラと強かに飲み比べをしたのだが,そんな元気は今のたもちゃんには無い。
 それでもその晩,たもちゃんは,オイラに付き合って,焼酎をコップ一杯だけ飲んだ。
 流石に,周りの誰からも『仏のたもちゃん』と呼ばれただけはある。
 オイラに気遣いをしているのである。

 そして,たもちゃんの就寝時間が来た。
 その夜は,嫁がたもちゃんの世話をした。
 夜中,たもちゃんが嫁にこう頼んだ。
 「おい,チェンミン(嫁の仮名),足の上に乗っているリリー(オイラの家の犬)をどかしてくれ」
 「???じいちゃんの足には何も乗ってないよ」
 「そんなことは無い。さっきリリーがベッドに乗ってきた」
 「リリーなら茶の間で寝てるって」
 「そんなこと無い。足の上にいる」
 嫁が起き上がって確かめたが,たもちゃんの足の上には何も無い。

 「じいちゃん,やっぱり何にも乗ってないしょ」
 「さっき乗って,すぐに降りたんだ」
 そんなことは無い。
 嫁が茶の間に行ってみると,確かにリリーは茶の間の隅で寝ていた。
 大体,リリーがベッドの上から茶の間に戻る事は不可能だ。
 何しろ,ドアを開け閉めしなければならないのだから。
 更に,さっきの今で茶の間に戻ることは不可能だ。
 リリーがテレポーテーションの能力を持たない限り。

 それでも,たもちゃんは確かにリリーが乗っていたと言い張る。
 面倒になった嫁は,納得した振りをして再度眠りに入った。

 そして,次の朝。
 今日は,アバンテ(介護施設)に行く日だ。
 たもちゃんは意気揚々と迎えのワゴン車に乗ってアバンテに行った。
 そして,その夜。
 たもちゃんは,オイラと付き合って飲んでいる時にこう言った。
 「アバンテのドアは,いい木を使ってるな」
 「組合長の山田さんが注文をつけただけあるな」
 家全体が「???」に包まれた。
 「組合長?」
 「父さん,何の事言ってるの?」
と義母。
 「だから農協のことじゃないか」
 「今日,農協に行ったら農協のドアが立派になっていたんだ」
 「今日行ったのは,アバンテでしょ?農協じゃないでしょ」
と嫁。
 「何言ってる。今日は農協の理事会じゃないか。アバンテなんぞ知らんぞ」

 そう,たもちゃんは数分前にアバンテと言ったにも拘らず,知らないと言い出したのだ。
 この夜から,嫁はたもちゃんのことをマーちゃんと言い始めた。

たもちゃん 2

 『たもちゃん vol.2』

 たもちゃんはアルツハイマーになりつつある。
 数日前,嫁が電話した。
 「もしもし,じいちゃん? あたし誰だかわかる?」
 「ああ,これはこれは山下さんの奥さん,いつもお世話になってます。」
 「違うって! あたし誰だかわからないの?」
 たもちゃんは実の娘の声を忘れたらしい。
 「もしもし,じいちゃん? 体の具合どうなの?」
 「ああ,たみこか?」
 ようやく実の娘と認識したたもちゃん。
 「体の具合どうなのよ?」
 「まあ,ぼちぼちだな」
 「ばあちゃんに甘えているのでないの?」
 「ばあさんは,去年死んだだろ?」
 「何言ってるの!去年死んだの山口のおばちゃんでしょ!」
 「縁起でもないこと言わないでよ!」
 「ああ,そうだったか?」
 自分の嫁と姉を完全に間違えている。
 「今日,天気どうだった?」
 「電気はちゃんと通ってるぞ。停電もしてないぞ」
 完全に話が合っていない。
 「何で電気の事聞かないとだめなのさ? 天気のことだよ,て・ん・き!」
 「ああ,雨が降ってなかったから,いい天気だったみたいだな」
 「ちゃんと外見てないの? 雨が降ってなきゃ,いい天気に決まってるでしょ?」
 嫁はイライラの頂点に達した。
 「ちょっと。ばあちゃんに替わって!」
 嫁はブチ切れ寸前だった。
 こうして,嫁とたもちゃんとの会話は終わった。
 実の娘の声が認識できなくなってるたもちゃん。
 自分の嫁と姉を混同しているたもちゃん。
 たもちゃんの前途は決して明るくない。
 以後,嫁はたもちゃんのことを「じいちゃん」から「(アルツハイマーの)マーちゃん」と呼ぶようになった。

たもちゃん 1

 『たもちゃん vol.1』

 たもちゃんはオイラの義父だ。
 たもちゃんは,もう年寄りだ。
 しかも,パーキンソン病だ。
 だから体が自由に動かせない。
 アルツハイマーも徐々になってきているようだ。
 時々,おかしなことを話し出す。

 この間のことだ。
 農繁期だったため,一時的に介護施設に入ることになった。
 オイラと嫁と娘とは面会に行った。
 するとたもちゃんの様子がちょっとおかしい。
 なぜか,お尻をモゾモゾとさせている。
 嫁は聞いた。
 「ちょっと,じいちゃん,何モゾモゾしてるの」
 「うん?なんでもない」
 「さっきからモゾモゾしてるしょ。今日はウ○コちゃんと出たの?」
 パーキンソンになると便秘になるのである。
 「ああ,さっき出た。」
 「ちゃんと拭けた?」
 「「うん」
 「本当? 本当はちゃんと拭いてないしょ?」
 そう,たもちゃんはウ○コの後,上手にお尻が拭けなかったのである。
 だから,黄門がかゆくてモゾモゾしていたのである。
 「「ちょっと四つん這いになって!」
 嫁の攻撃は容赦ない。
 嫁はたもちゃんにワンワンスタイルにさせようとする。
 必死に抵抗するたもちゃん。
 しかし,嫁のパワーは圧倒的であった。
 仕方なくワンワンスタイルをするたもちゃん。
 「ほら,ちゃんと拭けてないしょ!」
 そして,たもちゃんは情けないワンワンスタイルのままで,実の娘にお尻を拭いてもらっていた。
 お尻の穴まで実の娘に見られてしまった,たもちゃん。
 数年前までは,威勢よく活動的だったたもちゃんがこんな姿に・・・

 オイラはたもちゃんが放つウ○コの香りの中で人間の尊厳と斜陽を見ていた。
 なすがままのたもちゃん,彼の姿が将来の自分の姿に見えてきた。

社長 37

 『社長 vol.37』

 『下手の横好き』という言葉があるが,社長の場合は『下手の飛ばしすぎ』だった。
 社長のドライブテクニックは最低だった。
 しかし,社長は飛ばして運転していた。
 まあ,これもススキノでお買い物をするために得た技能なのだろう。
 まさに『好きこそものの上手なれ』である。
 ちょっと違うか。
 そんな社長であるが,免許を取り立ての頃は,トロトロ運転だった。
 
 大学3年目の秋のことである。
 社長が免許を取得したので,みんなでお祝いにドライブに出掛けた。
 勿論,ドライバーは社長である。
 命を賭けたお祝いなのである。
 
 Kは,この日のために秘策を練っていた。
 Kは,どこからか『運転技術は卵を車の中に吊るせば分かる』ということを仕入れてきていたのである。
 Kは,この命懸けのドライブのため,卵をポケットに忍ばせた。
 そして,半ば強引に助手席に乗り込んだ。
 そう,ドライブの最中に卵をフロントガラスの上に吊るしたのである。

 最初の20分は,快適なドライブであった。
 そして事が起きたのは,E峠に差し掛かった時だった。
 E峠は,細く狭い曲がりくねった道路で有名だった。
 以前に2回死亡事故があった事故の名所でもある。
 行き先を選んだのは,言うまでも無く社長である。
 我々は,腋の下に嫌な汗を感じた。

 急カーブに差し掛かった時である。
 吊るしていた卵が大きく揺れて,フロントガラスに激しくぶつかった。
 卵が割れた。
 フロントガラスと運転席は,卵にまみれた。
 しかし,ここは峠。
 しかも狭い道である。
 当然,車を止めることは事故に繋がる。
 このまま運転することも事故に繋がりかねない。
 
 その究極の選択の時,社長の発した言葉がこうだった。
 「卵の白身がズボンについて,まるでザーメンのようですよ。いっひっひっひ」
 命よりも性的な事を優先させる,まさに社長らしい社長であった。

社長 36

 『社長 vol.36』

 社長は,ギャンブルも好きだった。
 3年目になった時のことである。
 社長は,パチンコに嵌った。
 勧めたのは,俺だ。

 当時,パチンコは技が使えた。
 ある台は,盤面の真ん中に回転する役物があり,そこには3つの穴があった。
 そのうちの1つが大当たりというか,出球が増える穴であった。
 その台の役物は,15秒で大体1周していた。
 そのため,大当たりの穴が入る状態になった時に打ち,それ以外は打たないという,いわゆる節約打法だった。
 しかし,効果は覿面。
 元手は2・300円。
 勝ちは2・3000円。
 最大で20000円を超えた。
 兎に角,連戦連勝であった。
 俺は,講義を抜け出したり,講義が終わったらすぐに行くというように,毎日のように打っていた。
 金が無くなるとパチンコを打ちに行った。
 そして,社長もそんな金回りの良い俺に目を付け,何時の間にか,俺がパチンコに行く時は付いてくるようになっていた。
 そう,金の匂いは絶対に逃さないのだ。
 そして,社長も連戦連勝であった。

 ある時,俺と社長はいつものようにパチンコを打っていた。
 すると,場内アナウンスで呼び出された。
 それは,バイト先の上司からであった。
 何故,バイト先の上司が俺達の居場所を知っているのだ?
 その時,咄嗟にそう思った。
 その謎はすぐに解明された。
 Nである。
 Nが,ちょうどその時バイトに行っていて,その上司からマージャンを誘われたのだ。
 Nは,博打を一切しない男だった。
 自分がメンツに加われないため,俺達を代理指名したのだった。
 そして,俺と社長は雀荘に向かった。
 上司の命令は絶対なのだ。
 
 向かった先の雀荘はみすぼらしい所であった。
 今にも潰れそうだ。
 もしかしたら本当に潰れたことがあるのかもしれない。
 兎に角,ボロで,臭くて,小汚い所だった。
 それが社長に幸いしたのだろうか?
 兎に角,強かった。
 その日の社長は神懸り的なあがり方をしていた。
 そして,夜は更け,夜食を食おうということになった。
 負けが込んでいたバイト先の上司と先輩と俺は,弱々しく呟いた。
 「カツ丼にでもするかな」
 社長は,そんな俺達を気にすることなく,大声で注文した。
 「え~と,握りの特上を2人前」
 全然周りの空気を読まない社長。
  ・
 読めないのではない。
  ・
 読まないのである。
 
 注文の品が届き,我々は夜食を食った。
 上司と先輩が,嫌味ったらしく言った。
 「おお,その海老,でっかいなあ~」
 「そのトロ,うまいだろうな~」
 「おおお,イクラ,山盛りになってて落っこちそう」
 勿論,そんな嫌味を言われても,動じる社長ではない。
 「いや~,それほど美味くないですよ。ここの寿司屋は」
 流石は厚顔無恥の社長。

 翌日の帰り道,俺は太陽が黄色く見えた。
 上司は,老人のようだった。
 先輩は,頬がこけていた。
 そして社長は・・・
 頬は血色も良く,肌が赤ん坊の様に艶々と輝いていた。

社長 35

 『社長 vol.35』

 「それだけはやめてくれ」
 N2の親父は,吐き捨てるように言ったという。

 社長は,何もしていない。
 社長に何の落ち度も無い。
 社長は,社長であるだけだった。
 それが原因であり,結果であった。
 何人たりとも社長を責めることはできない。
 そして,同時に誰もN2の親父を責めることはできない。

 我々がN2の家に泊まりに行った時のことである。
 そこで我々は宴会で盛り上がった。
 N2の親父も含めて。
 N2の親父は,苦労人だった。
 出身は,現在北方領土である択捉島であった。
 戦中の苦労話。
 戦後,北海道に移住することになったが,戸籍がなかなか取れなかったこと。
 戦後の苦しい生活のこと。
 我々,戦争を知らない子供達に,生き字引の如く,語り部の如く話して聞かせてくれた。
 社長は,話を聞きながらおでんを食い,さきいかを齧っては,うまい具合に話の合いの手を入れていた。
 その辺は,そつがない。

 N2の親父は,社長を気に入った。
 「S君は,愉しい人だね」
 「S君は,話が分かるね」
 「S君も,苦労したんだね」
 「S君は・・・」
 もう,それは見事に社長を褒めちぎっていた。

 後日,N2の家ではひょんなことから,社長の話になったという。
 社長を褒めちぎるN2の親父。
 そこで,N2は,何気なく言った。
 「俺も社長のようになろうかな・・・」
 そこで,N2の親父から出てきたのは,冒頭の言葉であった。
 「頼むから,それだけはやめてくれ」
 「周りにいると楽しいが,家族になったら大変だ」
 流石,苦労人だけあって,社長はどんな人なのかを,瞬時に理解していたのである。

社長 34

 『社長 vol.34』

 我々は,何か事がある度,ドライブに行くのが常であった。
 この日は,同輩のO(♀)の20歳の誕生日であった。

 我々は,Hの車に乗り,A町のI湖にやってきた。
 特に綺麗な景色があるわけでもなし,ただ,いつものノリでやってきただけだった。
 そして,我々はいつもの如く,写真を取りまくった。
 これも特に意味は無い。
 どこかへ行く度に行われる儀式のようなものだ。

 Hは,駐車場のゴミ籠の中に入ってポーズを取る
 20歳になった記念に,ピースサインで「2」を表し丸で「0」を表し,自分が20歳になったことを強調するO(美人)。
 それぞれがそれぞれの決めのポーズを決めていった。
 そして,社長は・・・
 近くにあった,ドライブインの看板を引っこ抜いていた。
 看板の高さは約3mといったところだろうか。
 それだけではない。
 「ゴミはゴミ箱に!」と書かれた注意の看板も引っこ抜く。
 湖の名称が書き込まれた看板も引っこ抜く。
 兎に角,ありとあらゆる看板を引っこ抜いては,看板を抱きかかえ,満面の笑みで写真に取られて,ご満悦だった。
 勿論,後で看板を埋め直したのは,社長ではない。
 俺達だ。

 しかし,もっと重大な事が起こったのは帰路の事であった。
 2台の車でドライブに行っていたのだが,無謀にも1台目の車は社長が運転することになった。
 誰が言い出したか・・・
 実は,俺だ。
 社長が運転すると,どのくらい時間が掛かるのか知りたかっただけだ。
 悪意は無い。
 無かったはずだ・・・
 そう,理科の学生が好む,「実験」というやつだ。
 兎に角,社長が運転することとなった。
 帰りは来た道を帰るのは,あまりに味気が無いということで,別の山道を帰ることにした。

 車は少なく,社長の運転技術でも大丈夫だろうと判断の上であった。
 しかしこれが誤算であった。
 湖から出発して数分後,道路がアスファルトから砂利道に変化した。
 正に,大きな誤算であった。

 我々が乗った車(社長が運転する車)は,砂利道のカーブを切った時,砂利に車が流された。
 必死にカウンターを当てる社長。
 その努力も虚しく,車は雑草の生い茂る野原へ突っ込んでしまった。

 我々の車脱出作戦は綿密に行われたが,その成果は芳しくなかった。
 我々は,自力での脱出作戦を放棄した。
 近くの農家にトラクターで牽引してもらうことがいいだろうという判断のもと,2台目の車が農家探索の旅に出た。
 幸い1時間ほどで,救出作戦を行ってくれる農家がトラクターでやって来た。

 運転を社長に任せてしまった俺は,激しく後悔の念に駆られていた。
 しかし,その場で待っている間,社長は特に気にする様子も無い。
 鼻歌交じりで辺りの草原の植物生態調査をしていた。
 「おお,こんなところにセイタカアワダチソウが生えてますよ」
 「帰化植物がこんな山奥に生えているなんて,珍しいですよ,先輩」
 自分のドライブテクニックについて,悔恨する様子は微塵も見られない。
 それが社長クオリティー。

社長 33

 『社長 vol.33』

 北海道の秋は短い。
 10月も中旬に入ると,山は眠る。
 厳しい冬の始まりである。
 賑やかな山々の装いは終わり,野原ではすべての草が枯れ果ててしまう。
 辺りは一面,茶褐色一色になる。
 雪が降るまで,北海道は鉛の様な風景と化してしまう。
 それは,そんな暗い暗い冬の始まりのことであった。

 社長のパパはDQNだったが,母方の方は,比較的まともな家庭環境だったという。
 そして,それを確認したのは,我々が3年目になった時のことである。
 暗い冬の始まりにも拘らず,それは我々を明るくさせてくれた。

 社長はその日の朝,いつものようにゼミ室に顔を出した。
 そして,顔だけではなく足も見せてくれた。
 そこにあったものは・・・

 5本指の靴下であった。
 素材は,まるで軍手の様な素材だった。
 ごわごわとして,5本の指がにょきにょきと生えている靴下。
 合ってる。見事に社長とマッチしている。
 ゼミ室は大爆笑に包まれた。

 しかし,それは・・・
 東京に住む社長の祖父母が送ってくれた物だった。
 遠く異郷に住む可愛い孫を想って送った物だった。

 北海道の冬はさぞ厳しかろう。
 水虫である足の指の間はさぞ痒かろう。

 暖かくて水虫にも効く靴下を探し回ったに違いない。
 そのことを知った我々一同は爆笑したことを大きく後悔し,祖父母のの思いに涙した。

 しかし,その事で女性に縁の無い社長が,更に女性から遠ざかったことを社長の祖父母は知る由も無い。
 小さな親切大きなお世話である。
 知らぬが仏である。
 知ってしまったら,「何と不憫な孫であろうか」と更に心を痛めたに違いない。

社長 32

 『社長 vol.32』

 あれは何年前のことだろう・・・
 社長がR町からS町に転勤した後の出来事だった。

                      ・・・・             ・・
 S町に転勤しても毎週末のS幌市ス○キノでのお買い物は,社長にとって欠かせない週課だった。
 あの週も社長は,期待に股間を膨らませてスス○ノへと出かけていった。
 『まずは,一服』の『プッシーキャ○ト』。
 いつものように可愛い娘を膝に乗せて『タッチゴーゴー』を楽しみ,ジャンケンに勝って『カウンターゴーゴー』を楽しんだ。
 いつものように『プッシーキャ○ト』での楽しい時は,矢の如く流れていった。
 そして,『軽く一杯』のお手軽ソ○プでも,それなりの娘をゲットして,社長なりの愉しい時間を過ごした。
 
 そして,いつもなら『最後の締め』に行くところだが,あの日は違っていた。
 「いや~あ,先輩,軽く新しい店でも開拓したくなったんですよ。いっひっひっひ」
 
 そう,社長は新しいFZK店を探そうとしたのである。
 社長にとってススキ○は,自分の庭のようなもんである。
 客引きなんて怖くない。
 ぼったくりがなんだ。
 や○さんなら,自分の親父と同じ稼業だ。どうとでもなる。
 早速,『○スキノタウン情報』をコンビニで買い込んだ。
 そして,探し始めて30分。
 新規開拓の店を見つけた。

 その店に社長が入店した途端,年端もいかない若い娘が群がってきた。
 さながら砂糖に群がる蟻の如く。
 そう,その店はキャバクラであった。
 キャバクラに於いて社長の様に欲情に金を惜しまない客は,甘い甘い砂糖である。

 しかし,その時蟻の1匹が大きな声で叫んだ。
 「あれ~っ,先生!!」
 そう,その一匹の蟻は,社長がR町にいた頃の教え子だった。

 「ゲッ,まずい・・・」
 反射的にそう思ったという。
 社長は,社長なりに教職公務員である自分の立場を自覚していた。
 しかし,そうであってもやはり社長である。

 FZKに来て,3分も経たないうちに帰るのは,無作法だ。
 何より,群がってきた娘達に悪い。
 とんでもなく失礼だ。
 社長なりのFZKに対する信念である。

 社長は当然,60分間,料金に見合うだけ楽しんだ。
 勿論,元教え子は,その間社長の隣にいたという。
 もしかしたら,膝の上にも乗ったのかもしれない。
 もしからしたら,元教え子にこんな事やあんな事をしたのかもしれない。
 その事について,社長からの報告は無かった。
 でも,社長であるから,当然キャバクラに於ける作法はやり通しただろうというのが,我々の見解である。

 余談ではあるが,社長であるから,その店を後にして『最後の締め』にも行ったのは言うまでもない。

社長 31

 『社長 vol.31』

 実際,警察権力に恐れをなさぬ社長の姿を確認できた出来事があった。
 それは,社長の住む寮から友人のNのところに行った時のことである。
 時間帯は夜の10時頃。
 前回に書いた大学の通りでの出来事である。

 社長はその頃スクーターを持っていた。
 勿論只で手に入れたものだ。
 寮の先輩が卒業するときに社長に残していってくれた代物である。
 大体,金の無い社長がスクーターを買えるわけは無いのである。
 それでなくたって借金まみれなのだから。

 俺と社長は,スクーターに違法な二人乗りをしてNのところに向かった。
 社長が運転をし,俺はその後ろに乗った。
 そして,Nのアパートが目前になったところで,
 「そこのバイク,止まりなさい。そこのバイク,止まりなさい」
 とスピーカーを通した声がした。
 そう。日本の治安を守るポリスメンたちであった。
 そのまま,俺と社長は近くの交番まで連れて行かれた。
 交番の中で取調べが行われた。
 俺は初めての警察のご厄介に身震いがした。
 俺は只,親鳥と逸れたヒナのように震え,縮こまっていた。

 (ポリスマン) 「はい。免許証見せて」
 (社長)    「無い」
 (ポ)     「どういうこと,無免許?」
 (社)     「免許証無くした」
 (ポ)     「いつ無くしたの?」
 (社)     「忘れた」
 (ポ)     「住所,名前は?」
 (社)     「A市K町○丁目,『つきがおか寮』○○号室。○○○○(社長の本名)」
 (ポ)     「寮ってことはA大学?」
 (社)     「そう」
 (ポ)     「『つきがおか』の『つき』ってどんな字?」
 (社)     「『築山(つきやま)』の『築(つき)』」
 (ポ)     「ん? どんな字だっけ?」
 (恐る恐る俺) 「『建築』の『築』です」
 (ポ)     「ああ,なるほど」

 どこまでも無愛想に権力に歯向かう態度を振舞う社長。
 そして,この場を逃れるために卑屈になってる俺。
 正に月とすっぽんである。

 青切符を切られて,ちょっと説諭を受けて我々は解放された。
 「O先輩。警察なんて馬鹿だから,あんな丁寧に教えてやる必要は無いんですよ」
 「でも,やっぱり警察だし・・・」
 「大体あいつの肩には星が一つしか付いてなかったじゃないですか。下っ端ですよ。下っ端」
 「『築山』の『築』が分からないなんて馬鹿の証拠ですよ。いっひっひっひ」

 器の違いを見せ付けられた俺だった。

社長 30

 『社長 vol.30』

 それは真夏のある夜の出来事だった。
 我々は強かに酔っていた。
 そして,大学に向かう道を徘徊していた。
 この通りはあまり大きくはないが,バス路線の通りで,ちょっとした街並であった。

 突然,いつもの「いっひっひっひっひ」という奇声が後方から聞こえてきた。
 我々は,いつもの不安を隠しきれなかった。
 この時間にこの場所での笑い声はまずい。
 誰もがそう思っていた。
 後ろを振り向くと,社長が電柱に立ててあった看板に蹴りを入れていた。
 「この店の看板は弱いですね。すぐに折れちゃいましたよ。いっひっひっひ」
 「ああ,たいした悪いことはしていなかったんだ」と我々は安堵の表情を浮かべた。
 「どうですか。先輩。先輩達もこの違法な広告に蹴りを入れてやりましょうよ」
 「いっひっひっひっひ」
 
 我々はちょっと躊躇した。
 が,真夜中である。
 酒の勢いもある。
 もう,全員がいたるところにある立て看板に蹴りを入れた。

 その時である。
 後方からスピーカーを通した声が響いた。
 「そこの酔っ払い! 何をしている!」
 「やばい。警察だ」
 我々は誰もがそう思った。
 全員が一目散に逃げようとした。
 しかし,後ろを振り向くと・・・

 不遜にも社長はその車に立ちはだかっていたのである。
 さすがは社長。
 警察権力ごときに恐れを抱かないのである。
 しかし,その車は警察ではなかった。
 我々のゼミの先輩だったのである。
 我々は警察のご厄介になることは避けられた。
 その先輩は車にマイク・スピーカーを付けていて,我々をからかったのである。
 
 凛々しい社長の姿を見た我々は,ほんの少しだけ社長を見直した。

社長 29

 『社長 vol.29』

 この話も夏休み中の野外実習中の出来事である。
 夕食前のことであった。
 我々は風呂に入っていた。
 大雪山にあるその研究所には風呂が一つしかなかった。
 何せ,研究所とは言っても山小屋に毛の生えた程度のものだったので当たり前であろう。
 
 我々男子が夕食前に入り,夕食後に女子が入るのが慣例であった。
 そして,その時も我々男子は夕食前に,湯船に浸かったり,頭を洗ったり,体を洗っていた。

 「い~ひっひっひっひ」
 社長のいつもの甲高い笑い声が風呂場の中に響き渡った。
 甲高い笑い声を風呂場中に響き渡せながら,社長は数箇所ある洗い場を行ったり来たりしている。

 社長はあることを企てていたのである。
 それは・・・

 ありとあらゆる石鹸に,自分の陰毛をくっつけているのである。

 そう,我々の後に入浴するのは女子である。女子たちに対する社長ならではのセクハラである。
 我々は言葉を失った。

 「夕食後に風呂に入るOさんやYさんの驚く顔が目に浮かびますよ。いっひっひっひっひ」
 「私たちが女子の後に風呂に入るんだったら,浴槽の中のお毛毛を掬い取るんですけど。いっひっひっひっひ」
 「それも出来ませんから,せめてこのくらいのことはしないと。いっひっひっひっひ」

 さすがは社長である。
 就寝前の女子のひそひそ話はきっと「陰毛付き石鹸」だったに違いない・・・

社長 28

 『社長 vol.28』

 社長と我々は飲みに行った時必ずすることがあった。
 それはナンパである。
 おそらくあなたはこう思うに違いない。
 「なんで社長が一緒なのか?」
 社長と一緒だとナンパ成功率が下がるのではないかと思うあなたは,間違っている。
 社長がいてもOKであるということは,もうこちらにぞっこんであるということになる。
 その日も予定通りナンパをしていた。
 この日の場所は,パブではなく買い物公園だった。
 因みに買い物公園とは恒久的に歩行者天国なった旭川の全国初の通りである。

 まずはジャンケンである。
 誰が声を掛けるかのジャンケンである。
 結果は・・・
 一番気の弱いN2になった。
 早速,4,5人のお嬢様のグループを探す。
 ・・・いない・・・
 全然いない・・・
 30分ほど買い物公園を物色しながら歩く。

 時は21:00。
 暗くて顔など良く見えない。
 それでもOKなのである。
 そこまで我々5人は落ちぶれていた。

 いた。
 4人グループがいた。
 早速N2が声を掛ける。
 「あの~,煙草の火貸してもらえますか?」
 これを皮切りに口説く。
 近くでことの推移を見守る我々。
 玉砕だった。

 しかし,我々はあきらめなかった。
 今度のジャンケンでは社長が声掛け役になった。
 そして,30分後,ようやくターゲット発見。
 「あの~,ちょっといい?」
 社長が声を掛ける。
 返ってきた言葉が我々の野望を打ち砕いた。
 「あ~っ,さっきの人!」
 そう,我々は同じグループをナンパしたのだった。
 しかも誰であれ顔を覚えられやすい社長を同行して・・・

 心を粉々に砕かれた我々は,男衆5人で,場末の居酒屋で酒を浴びるほど飲んだ。
 何もかも忘れたかった。
 そして,社長はあいも変わらず飲んでる最中にunkoをしたのはいつもの通りである。

社長 27

 『社長 vol.27』

 社長が本気で怒ったのを見たことが一度だけあった。

 社長が下宿から寮に引越しをしたときである。
 社長にいいように使われていたN2は,当たり前のように引越しに使われた。
 その時,俺とNは,Nのアパートでまったりと過ごしていた。
 
 昼頃になって,社長とN2はNのアパートにやってきた。
 「いやあ,N2君のお陰で,引越しが無事に終わりましたよ」
 「N2君は良く働いてくれましたよ」
 よくよく話を聞くと,荷物をリヤカーに運んだのは,殆どN2。
 リヤカーを引っ張ったのもN2。
 荷卸をしたのも殆どN2。
 社長は殆ど何もしなかったようである。

 「じゃ,N2君には引っ越し蕎麦ということで,蕎麦でも食いに行きますか?」
 社長の提案で,我々4人は蕎麦を食いに行った。
 「N2君は,手伝ってもらったのでここは私が奢りますよ。いっひっひっひ」
 「でも一緒に来たんだから,俺達も奢ってもらえるよな」
 と,俺とN。
 「まさか。何もしてくれなかった君達には奢りませんよ」
 ふくれっ面をする社長。
 もともと丸い顔が,さらに丸くなる。
 「まさか,Sのことだから奢るよな」
 と,しつこく食い下がるおれとN。
 「冗談じゃないですよ。奢るのはN2君だけですよ」

 そこでN2が言った。
 「じゃ,俺が3人前頼めばいいんだよな。そして,OとNに食い切れないからと言って,やればいいんだよな」
 そうだそうだと言い張る俺達3人。
 社長は不機嫌になった。
 注文の品が届いて,普通に会話をしながら蕎麦を食った。
 そして,いよいよ支払いのときである。

 「S,ご馳走さん」
 にこやかに社長に話しかける俺達。
 ぶすっとして「何で私がO君やN君に奢らなきゃいけないんですか」
 とぶつぶつ言う社長。
 なんだかんだでその場は社長が全額支払った。

 そして,その時が遂にやってきた。
 店から出たNと俺は社長に「さっきのは,冗談だよ。はい。俺達の分」
 俺とNは,500円札を社長に渡した。
 途端に社長は,札をびりびりと破いて撒き散らした。
 ふくれっ面をしながら。
 その時の社長は丸い顔をした阿修羅であった。

社長 26

 『社長 vol.26』

 2回目にストリップ劇場に行った時も,社長は勿論一緒だった。
 言わずもがなである。
 今回は少々金がかかってもいいから,じっくりと見ようということになった。
 
 今回のショーはフィリピーナが中心であった。
 ショーは可もなく不可もなく淡々と過ぎていった。
 そして,遂に好機が訪れた。
 「え~お客様に申し上げます。今日は特別ご奉仕にて500円,500円で踊り子さんとスペシャルタイムを用意させていただきます」

 要するに500円でフィリピーナとやれるのである。
 客は一斉にスペシャルルームの前に並んだ。
 スペシャルルームといっても,ステージの一角に蚊帳のように布切れ一枚で仕切られているだけである。
 しかし,気づくと我々は他の客と同様に並んでいた。
 いよいよ我々の番がやってきた。
 500円というだけあって,サービスも何もあったもんじゃない。
 四角い布切れだけの部屋には,先ほど踊っていたフィリピーナが横たわっているだけ。
 そして,混同ー無を装着し,一気に昇天するだけである。
 それでも若かった我々は満足なのである。

 そして,いよいよ社長の番である。
 社長もいそいそとスペシャルルームの中へ入る。
 そして・・・
 社長がなかなか出てこない。
 一人当たりの平均時間は5分といったところだろうか。
 5分経過した。
 それなのに社長はスペシャルルームから出てこない。
 後に並んだ客から罵声が飛び交う。
 「何やってんだよ! 早くしろよ!!」
 何をしているかは明白なのだが・・・

 遂に劇場側も痺れを切らした。
 スポットライトがパッシングする。
 それでも社長は出てこない。
 我々は身の危険を感じた。
 「このままじゃ,暴徒と化した客に何をされるか分からない・・・」
 いらいらしたように,スポットライトがパッシングする。
 Nがとうとう言った。
 「S,自分で擦れ!」
 
 それから2分後,ようやく社長は出てきた。
 「こんなところで,自分でいくなんて・・・私は恥ずかしいですよ・・・」
 出てきた社長の第一声がこれであった。
 社長は方形にも関わらず,優れた持久力の持ち主でもあったのだ。

社長 25

 『社長 vol.25』

 俺が始めてストリップ劇場に行った時も,社長と一緒だった。
 初めて行くストリップなるものに非常に期待を抱いて行った。

 時は大学2年,塾の給料日の日であった。
 長く辛いバイトを終え,給料を懐にした我々は,意気揚々と夜の街へ繰り出していった。
 最初は居酒屋でたらふく飲み食いした。
 その後,その頃流行っていたカフェバーに行った。
 そして,その後いよいよストリップに行った。
 きっかけは,呼び込みのおっさんの声だった。
 「今なら,時間が無いから500円でいいよ」
 貧乏な我々はすぐさまその話に乗った。
 薄暗い劇場内は熱気に溢れていた。
 我々が入ったのは,ちょうど,踊り子が交代するときだった。
 そして,出てきた踊り子は・・・
 悲惨であった。
 顔はひどい。体も太めだ。
 しかし,それだけなら許せる。
 推測ではあるが,その踊り子は性転換手術を受けていたはずだ。
 
 理由ならある。
 その踊り子の栗と栗鼠は異様に大きかったのだ。
 直径15mmはあった。
 顔も人工的に作られているのが見え見えだった。
 その造りがまたひどい。

 しかし,社長は,
 「性転換したやつのストリップは,初めてですよ。ひっひっひっひ」
 と喜んでいた。
 そう,社長はFZKの帝王なのである。
 ちょっとそっとのFZKでは,飽き足らないのである。

 砂被りに陣取った社長は,舐めるような目で踊り子を見つめていた。
 我々も含めて他の客は,引いていた。
 とてもじゃないがおてぃんぽを勃たせることはできなかった。
 そんなわけで,熱心に踊り子を見つめる社長は,踊り子に気に入られた。
 踊り子は社長の目の前で観音様を開帳し,社長に大人のおもちゃを渡した。
 嬉しさに顔をほころばせながらおもちゃを出し入れする社長。
 当然,我々は社長を一人劇場に置き去りにし,飲み直すことにした。

社長 24

 『社長 vol.24』

 社長は,その頃,太宰に傾倒していた。
 容姿に似合うはずも無いが,紛れも無い事実であった。

 大学2年目の時,彼は恋に落ちた。
 笑ってはいけない。彼だって一応人間なのだから。

 相手は新入生だった。
 はっきり言って美人ではない。
 そんなに可愛くも無い。
 容姿の偏差値で言えば,45前後だろうか。
 けれども性格がさっぱりしていて,かわいかった。

 社長の彼女への思いは,夜汽車の中で綴った手紙で伝えられた。
 社長は太宰になりきった。
 自分という人間は生きている価値がない人間であり,そんな自分が哀れにも君に恋しると。
 しかし,如何せんながら文は紆余曲折としており,読んですぐに恋文だとは分からない手紙であった。

 貰った方としては,何が何だか良く分からない手紙である。
 事実,彼女は同級生にその手紙を見せて,どういう意味なのか分からないとこぼしていた。
 神聖な恋文を第三者に読まれてしまった社長。

 しかし,神は社長を見捨ててなかった。
 告白された本人が,告白されたとは気づかずに,社長に気さくに話し掛けていくのだから,しばらくの間は,失恋したことに社長は気づかなかったのである。

 こうして,社長の大学での始めての恋は,いつの間にか終わっていた。
 そして,社長はいつの間にか,風俗の帝王になっていた。

社長 23

 『社長 vol.23』

 我々の通う大学では,集中講義というのがあった。
 夏なら水泳,冬ならスキーの実技講習を受けなければ卒業できないのである。
 しかし,両方の講義を受ける必要はなかった。
 どちらかだけ受ければよかったのである。

 我々の大半はスキーを選択した。
 水泳はつまらなく,スキーは楽しいからである。

 しかし,社長とHは水泳を選択した。
 理由は明確である。
 水着姿のじょしどぅあいせいが見れるからである。

 じょしどぅあいせい達は,教職員試験を目指すものが多かったため,水泳を選択する者が多かったのである。

 勿論,社長もHも張り切って,講義を受けに行っていた。
 ところがある日,社長が激怒する事件が勃発したのである。

 我々のゼミには,Oというミス大学に匹敵する美人がいた。
 Oも水泳実技講習を受けていた。
 一緒に講義を受ける,Oと社長とH。
 何と,Hは間違えた振りをしてOの小さな胸に触れたのだ。

 社長の怒りは尋常でなかった。
 「え,え,え,H君なら,あろうことか,Oさんのオッパイを触ったんですよ」
 社長はゼミの全員が出席する野外実習の夕食の席で,いきなり言葉を発っしたのである。
 ニヤニヤと笑いながら言い訳をするH。
 その姿は,サッカーW?Cupに出場を果たせなかった岡田監督に似ていた。
 そして,可愛らしく赤く頬を染めて俯くO・・・
 初めて怒りに打ち震える姿を見せた,社長。

 とても,楽しい宴会であった。
 楽しい宴会は,は静寂に包まれていた。
 そして,Hは社長の口に入れた生肉を食った所為で,翌日嘔吐した。
 やはり社長の怨念の所為であろう・・・

社長 22

 『社長 vol.22』

 社長が素人に筆下ろしをしたのには,裏があった。
 ズバリ,テレクラである。
 そう,社長は一時期テレクラに通い詰めていたのである。
 H海道の中心都市S幌市は勿論,彼の実家がある道東のK市でも通っていた。
 
 社長は毎週土曜になると,温泉に行って腹黒い体を清め,テレクラへと突進していたのである。
 初体験はS市だった。
 その時,釣果は無かったという。
 それでも彼は,毎週500kmもR町からS市の間をへたくそな運転でドライブしていた。

 そして,ついに念願叶い,素人と事に及ぶ時が巡り来た!!!

 ああ,ついに彼は普通の人になってしまったのか・・・
 我々は落胆した。
 
 しかし,社長の細部にわたる『事』の顛末を聞くとNは興奮した。
 Nは,落胆から一気に昇天である。

 何故なら社長が経験したのはア○ルなのである。
 Nは,小学生のころからアナ○に異常に惹かれていたといふ。
 そんな,モテてモテて,しようもなかったNより先に,社長は○ナルを経験したのである。

 Nの胸中には,社長に対する羨望が渦巻いた。
 「あ,あ,あ,憧れのア○ルを,社長に先を越されるなんて・・・」
 社長が事の顛末を語り終えた時,Nはポツリと言った。
 「いいなぁ・・・」
 とても看護婦キラーのNとは思えない発言だった。

 そう,Nは特に看護婦と仲良しだった。
 俺の知る限り,付き合った看護婦は5人以上いた。
 俺に話をしていない数も入れると10人は優に超えていたと思ふ。

 しかし,そういうNの母親は看護婦だった。

社長 21

 『社長 vol.21』

 前にも話題として出たことがあるかも知れんが・・・
 社長はとある有名国立大学『T大学』の付属高校出身だった。
 正式名称は「T大学付属S高校」である。
 しかし,実態は農業高校だった。

 ♪ 地平線が見える 教室で
   社長は 机並べて
   同じ月日を過ごした
   少しの園芸と体育祭 そして
   社長は騙しと 借金を覚えた

   卒業しても 周りを
   お馬鹿扱いしたよね
   お金はいくらでもあると
   半分笑って 半分真顔で
   借りていた

   低い雲広げた 冬の昼
   社長は 学園祭で
   売り上げをポッケした
 
   今年もファミレス行くって
   ご馳走たくさん食べるって
   社長実行したの
   社長実行したじゃない

   離れたい
   うぅう~ ♪

 というように社長は学園祭の模擬店の売り上げをネコババしたそうだ。
 その手口は緻密に計算され,周到に用意され,慎重に実行された。
 まず,自分のポッケに3万円。
 そして,彼の腹心の部下3人には,「君達は良く頑張った」と言い,お小遣いとして千円ずつ渡した。
 そして,クラス全員に「先生には内緒だぞ」と言って,茶話会による打ち上げを実施した。
 そして,担任には,「これしか儲かりませんでした」と言って,10円,5円,1円玉の入った数百円の売り上げを渡した。
 腹心たちはお小遣いを貰っているので,その気まずさから社長のネコババに気づかない。
 また,他のクラスメートに貰ったことを黙っている。
 クラスメートは,担任に内緒でジュースや菓子を飲み食いしたから,担任には何も言えない。
 そう,社長は完全犯罪を成功させたのだ。
 そして,社長はそのころ暮らしていたお寺(父親が失踪したので,預けられていた)を夜中にこっそりと抜け出し,近くのファミレスに行って,3日3晩,飲み食いした。
 そして,そのうまみを忘れられず,大学の学園祭でも売り上げをネコババした。

社長 20

 『社長 vol.20』

 社長がR町に赴任してからというもの,H海道のガソリンの消費が激しくなった。
 それは,社長がR町からS幌市に通っていたからである。
 R町からS幌市までは距離にして,500kmはあった。
 時速50kmで10時間である。
 まあ,H海道では,平均時速は60kmくらい簡単に出せるけれども,それでも8時間以上である。
 ここまで来ると,常軌を逸している。
 何せ,毎週なのであるから。
 しかもこの頃の学校は週休2日制ではなかった。
 土曜日は半ドンだったのである。
 さすがは社長。
 執念である,FZKに対しての。
 ここまで来ると我々は社長を崇拝してしまっていた。

 午後一番に出発しても,S市に到着するのは,9時頃である。
 そして,社長は運転の疲れも見せず,FZK店に直行するのである。
 皮切りは,社長のホームグランドである『プ○シーキャット』。
 ここで,まず1週間のスペ○マを『69』によって放出するのである。
 社長が言うところの「まずは一服」である。
 そして次に安いソ○プランドに行く。
 お気に入りは「女○院」であった。
 「軽く一杯」である。
 更に,ちょっとお高めのソープに行く。
 「最後の締め」である。

 こうして,社長は毎週,オイルメジャーと怪しげなFZK関係者と日本の景気のために血税を貢いでいた。
 しかし,ホテル産業には貢いでいなかった。
 S市に住む,大学の友人であるNのところに泊まっていたのである。
 社長なりの節約術である。
 Nにとってはいい迷惑である。
 それはそうだ。
 毎週,せっかくの土曜の夜を社長と過ごさなければならないのだから。
 Nは,最初は我慢していたが,ある時,
 「来週の土曜は俺・・・いないから」
 と宣言した。
 しかし,社長は次の土曜もNのところに泊まった。
 そう,社長はNが家にいることを第六感で感じ取っていたのである。
 社長はエスパーでもあった。

社長 19

 『社長 vol.19』

 社長のパパはDQNだった。
 北海道のO市生まれで,社長の母さんに惚れて,東京まで追っかけて行き,娶ったのはいいが,その後,小チンピラとなりシャブにも手を出した前歴がある。
 その頃は,羽振りも良く,その頃では高級車であるセドリックに乗っていた。
 「セドリックに乗っているとホテルに食事に行っても恥ずかしくないんですよ。いっひっひっひ」と社長は俺たちによく語っていた。

 社長パパは,社長の母親の死後,社長たちを母親方の祖父母に預け,ふらりと姿をくらました。
 そして,社長が某有名大学の付属高校に入学した頃,姿を現した。
 その第一声目が,「『親は無くとも子は育つ』とはよく言ったもんだ。はっはっは」と高笑い交じりだったという。
 さすがは社長パパである。
 気風がいい,ではなく,ずぼらである。

 そして,新しい母親を社長たちに紹介した。
 そう,行方不明になっている間に,新しい女を作っていたのである。
 社長パパは結構いい男なのである。
 そこは社長と違っていた。
 女にも,そこそこもてたらしい。
 そこも社長と違っている。
 なんてたって素人とは,縁の無い社長である。

 ある日,社長パパが大学を訪れた。
 自分の息子がどのような暮らしをしているのか,知りたくなったらしい。
 大学の正門の中に車を乗り入れ,車を止めた。
 運の悪いことに,学生がその近くでキャッチボールをしていた。
 更に運の悪いことに,受け損なったボールが社長パパの車のボディにぶつかった。
 社長パパは見た目がいかつい。
 当たり前である。
 つい最近まで小チンピラだったのだから。
 社長パパは,車から降りてこう言った。
 「おいそこの学生!!! ちょっと来い!!!」
 「す,す,すいません・・・」

 「電話はどこにある?」

 学生を呼んだのは,ただ電話を掛けたかっただけであった。
 社長パパは,見た目がいかつくても悪い人ではなかった。

社長 18

 『社長 vol.18』

 教師になった社長は輪をかけて酒癖が悪くなった。
 DQNな親を相手に飲むのだから,社長一人の責任ではないだろうが。
 
 それは10月の頃であった。
 学校で観楓会が行われたときだった。
 その日も社長は積極的に『カポ』をやったらしい。
 他の先生からのアンコールに応えて,際限なく『カポ』を行ったらしい。

 その結果,予想通り社長は泥酔したらしい。
 社長は泥酔した体で無理やり車に乗り込んだらしい。
 そう,彼は飲酒運転をしたらしい。
 社長もとうとう刑事的問題を起こすようになった。

 ただでさえ,社長は運転が上手くない。
 よくこれで免許を取ることができたと周りの誰もが思うくらい,運転が下手糞だった。
 そんな腕前の持ち主が泥酔状態で運転したら・・・

 そう,あなたの予想は当たっている。
 彼の車は予想通り路肩からはみ出し,溝に落ちたらしい。
 その溝がすごかったらしい。
 路面からの落差が約2mあったらしい。
 溝と言うより崖に近いらしい。
 それにも拘らず,悲惨な事故にはならなかったらしい。
 車もそれほど破損せず,社長の体も無事だったらしい。

 普通,2mもの落差のある場所から落ちたのなら,意識は覚醒するはずである。
 アドレナリンの分泌も多大に行われるはずである。
 やはり,社長は社長であった。
 車が落ちても寝たままだったらしい。
 朝になり,社長の車が落下していたのを発見した同僚に揺り起こされるまで,社長は寝ていたらしい。
 
 社長は持ち前の強運を発揮し,飲酒運転でK察に検挙されることもなく,怪我をすることもなく,車を破損させることもなく乗り切ったのである。
 我々の間では,彼の地位は神の領域まで達した。

社長 17

 『社長 vol.17』

 DQNな学校に勤務する社長。
 それでも。それなりに楽しくやっていたみたいである。
 そこでは,『社長』とは呼ばれていなかった。
 そうである。新しい渾名が付いたのである。

 それは6月下旬の頃のことである。
 社長は修学旅行の引率に着いていった。
 修学旅行の行き先は札幌方面だった。
 R町は道東に位置するため,修学旅行先は毎年札幌だった。
 もちろん社長は喜んで引率した。
 大好きなススキノに近づくことができるのであるから,進んで引率になった。
 普通は嫌がる。
 やはり社長である。

 修学旅行一行は無事見学を終え,ホテルに到着した。
 社長はススキノでの巡回補導に向けて,臨戦態勢を整えるべく風呂に入ることにした。
 しかし,問題が一つあった。
 ススキノ巡回の時間に間に合わせるには,生徒と一緒に風呂に入るしか,入浴時間が無い。
 彼は逡巡した。
 しかし,どう考えても身体的欠陥を生徒から隠すよりも欲望が優先であった。
 生徒と風呂に入るも止む無し。
 社長は不本意ながらも風呂に入る決意をした。
 
 脱衣所で,社長は何気なくタオルを腰に巻いた。
 自然な流れである。
 しかし,社長の周りにはいたずら好きで人の弱みを見つけるのが大好きな厨房がうようよいる。
 当然の如く社長のタオルは毟り取られた。
 毟り取られたタオルに隠れていたのは,社長の愛らしい方形である。

 厨房は一斉に囃し立てた。
 「○○は,方形だ~!」
 ススキノに行きたいがために厨房から『方形』呼ばわりされてしまった。
 そして,中の一人がこう叫んだ。
 「形がシューマイだ~!!!」

 そう,社長はこの日から渾名が「シューマイ」になった。
 そして,絶望に打ちひしがれた社長はその日は,ススキノに行かなかった。
 今でも,R町では,「シューマイ」と言えば,社長のことを表しているらしい。

社長 16

 『社長 vol.16』

 1985年4月,そんな社長も大学を卒業し,とある中学校へ赴任して行った。
 そう,彼は教師になったのである。
 こんな彼を採用したのは,北海道教育委員会である。
 おろかなお役所仕事である。
 面接で,彼の本質の一端でも見出すことはできなかったのであろうか?
 やはり,講釈垂れるのがうまい社長の方が一枚上手だったのだろう。
 面接官を責めるのは忍びない。

 彼は晴れてR町へ赴任して行った。
 R町は漁師町である。
 社長のずぼらな性格は,きっぷのいい男と勘違いされ,漁師の父ちゃんたちのハートをがっちりと掴んだらしく,PTAの飲み会では,甚くもてたらしい。
 「こっちの町では,PTAの飲み会でお金を払わないんですよ。いっひっひっひ。馬○な父ちゃんたちがみんな払ってくれるんですよ。いっひっひっひっひ。」
 電話の彼の口調はいつにも増して明るかった。
 それはそうである。
 彼は,「ただ」が大好きなのである。
 借金も「ただ」で貰ったお金と思い込んでいる男である。
 しかし,その何倍もの負債を背負い込むことになる破目になるとは,社長とて,思いつきだにしなかったのである。

 先ほども言ったようにR町は漁師町である。
 漁師はみんな,普通の船の他に「特攻船」を持っている。
 「特攻船」とは・・・違法に他国の領海内に入り,ささっと密漁をしては,疾風の如く逃げ出せる突拍子もないスピードを持った船のことである。
 そんな父親を持った子供たちを相手に教師を行う社長は哀れだ・・・
 そう,彼も他国のようにやられたのである。
 陸の上の「特攻船」に・・・
 
 ある日,彼は部活の関係で生徒たちを車に乗せた。
 そして,エンジンを掛けたまま書類を取りに学校内に戻った。
 その時,DQNな親を持つDQNな生徒が車を動かし,そのまま学校に特攻してしまった。
 社長のHONDAシビックは大破した。
 社長は一瞬にして600000円を失った。
 数回の飲み会代が600000円掛かったのも同様になってしまった。

 数日後,社長は新たに借金をしてまた,中古のHONDAシビックを買った。
 PTAの飲み会はその後も「ただ」だったらしい・・・

社長 15

 『社長 vol.15』

 そうそう,この事件も社長を語る上で書き留めておかなければならない。
 ウニをたらふく食って,社長のおかげでウニの実験は中止になった臨海実習でのことだ。

 我々2年目は,夕食前に風呂に入っていた。
 当然,Y教授も一緒である。
 暗い暗いと言われていたKも一緒に風呂に入った。
 性格の暗さにも拘らず,Kのイチモツは,それはそれは堂々たるものだった。
 黒光りを帯びて,直径6cm,長さは18cmくらいだったろうか?

 それをいいことに,Kは湯船の中でイチモツを手にして,イチモツの先端を水面から出し,
「ネッシー,ネッシー」
と喜んでいた。
 岡田監督似のHもイチモツに自信があったため,すぐに加わった。
 我々もイチモツには自信がないが,「勝つことではなく,参加することに意義がある」というクーベルタンの言葉の如く参加することに意義を持ち出した。

 6,7人もの男共がイチモツを持ち上げて,
「ネッシー。ネッシー」
と大声を上げながら湯船を走っているのだから,傍から見れば異様な光景に違いない。
 Y教授は呆れて言った。
「お,お,お,お前らは,ほ,ほ,ほ,本当にホモ・サピエンスだな」
「しゃ,しゃ,しゃ,社長君はな,な,な,仲間に入らないのかい?」

 認識が間違っている。
 教授は社長のイチモツを知らないのである。
 社長は加わらないのではなく,加われないのである。
 イチモツに対し,少しばかりの劣等感を持っていただけなのである。
 みんなが,
「ネッシー。ネッシー」
と喜んでいる間に,社長は一人,寂しげに風呂を後にした。
 その背中はとてもとても小さかった。

社長 14

 『社長 vol.14』

 これも3年目の野外実習のことである。
 2日目の真昼間の実習中の出来事を記す。

 野外実習とは,毎年大雪山を徒歩で登り(ロープウエイがあるにも拘らず),各地域における植物生態を研究するのが目的だ。
 ここでHが,嘔吐した件は先にも述べたので,割愛する。

 それは,天女ヶ原での出来事だった。
 我々はそれぞれグループに分かれて植物生態の実習を行った。
 我々のグループにはオイラの他に,社長,O(♀ 美人),先輩のOさん(♂)後輩のI(♂)がいた。
 O先輩の指示で我々はすばやく生態観察実験を行った。
 言い方を変えるとさっさと実習を終わらせたかっただけである。
 まずは,方形枠の中の植物の種類を数えた。
 全部で32種。昨年より増えているらしい。
 植物に関心を持っていないオイラにはどうでもよかった。

 しかし,ここで社長が持ち前の博学を広しめた。

 O(♀ 美人)は,オオイヌノフグリを手にしてこうみんなに聞いた。
 「ねえねえ,オオイヌノフグリの『フグリ』って何?」
 我々は,答えを知っていたがあえて無視していた。
 「ねえ,社長,『フグリ』って何?」
 Oは,社長に答えを求めた。
 Iも,興味津々である。さすがは理科の学生である。

 「Oさん,Oさん,実は『フグリ』というのは睾丸のことなんですよ」
 「つまりは『大きい犬のタマキン』という意味ですよ。いっひっひっひ」

 O(♀ 美人)は,真っ赤な顔をして俯いた。
 しかし,O(♀ 美人)は,きっと顔を上げてこう言った。
 「社長,何でも知っててすごい!」
 ここまでは学術的な会話である。
 しかし,その後おもむろに自分の股間を指差して言った。
「私のフグリも大きいんですよ。いっひっひっひ」

 普通,大きさを自慢するなら袋ではなく棒の方だ。
 しかし,社長は棒を自慢できない。
 何せ帽子を被った礼儀正しい象さんなのだから・・・
 それから一時期,フグリの大きさを競い合うことが,オイラたちの間で流行りだした。
 勿論,チャンピオンは社長だったのは言うまでもない。
 それから1週間,社長の顔はいつにも増して輝いていた。

社長 13

 『社長 vol.13』

 これも3年目のことである。
 我々植物生態ゼミは,野外実習をするべく夏休みにもかかわらず,大雪山の研究所に行った。
 その時の出来事を記す。

※ 食事中の方は,食事を終えてからご覧下さい。

 それは,1日目の夕食を作っている最中の出来事だった。
 毎年毎年,飽きもせず夕食は豚汁だった。この年も例年の如くそうであった。
 女子大生がせっせと夕食作りに励んでいるところにやってきたのは,社長である。
 女に近寄りたがっていたのもあるが,彼の全身を覆う脂肪の元であるつまみ食いをするためだ。
 豚汁に止まった社長の目がきらっと光った。
 そして,おもむろにお玉で豚肉を掬い上げると,がぶっと口に含んだ。

 「むごむご・・・。くちゃくちゃ・・・」
 また太るって・・・
 「ごぼうの出汁が利いてて・・・」
 講釈垂れるなよ・・・
 「なかなかいいお味です・・・」
 分かったって・・・もう・・・
 「くちゃくちゃくちゃ・・・」

 そして,社長は二口目をお玉から口中に投じた
 その瞬間である。
 社長は,肉を吐き出した。
 「げっ。豚肉がまだ生でした。いっひっひっひ」
 「豚肉は火が通ってないと駄目なんだよね。いっひっひっひ」
 勿論,口から吐き出した豚肉をお玉ごと鍋に戻したには言うまでもない。
 ・・・やられた・・・完全に社長の勝ちだ・・・

 夕食では,目撃者だったオイラとS(一応♀・・・すごくブス。性格もブス)を含む女子大生たちは,豚汁を口にしなかった。
 次の日の登山の途中でH(♂ 元サッカー日本代表の監督,岡田にそっくり)が,嘔吐を催した。
 「俺,何か悪いもん食ったかな?」
 そりゃそうだ。豚汁3杯もおかわりしたも・・・
 社長の口にいったん入った豚肉を食べた確率は12%以上もあるも・・・

 Hの嘔吐の原因は,社長の口に入った豚肉を食べたことだろうとオイラたちは噂した。
 当然,この噂は社長の耳にも届いたのだろうが,そんなことを気にする社長ではなかったのは言うまでもない。

社長 12

 『社長 vol.12』

 大学祭の事件はvol.11で紹介した通りだが,実はまだ続きがある。
 
 事が判明したのは,大学祭から数日経った時だった。
 我々,3年目は,売り上げの計算をした。
 おかしい。
 帳簿が合わない。
 売り上げが,ハンバーグを作った数より,遥かに少ない。
 人を変え,何回も計算し直した。
 いくら計算をしても,売り上げが合わない。
 もしかして,これは・・・

 そうである。
 社長は売り上げをポッケに忍ばせていたのである。人知れず。
 社長がレジ係をしていたのは,周知の通りである。
 社長が,レジ係を喜んで引き受けたのには,裏があったのだ。
 我々は,社長を甘く見ていたのである。
 全ては,オイラのせいだ。
 レジ係に推薦したのは,オイラだ。
 オイラが全て悪かったのだ。

 そうだ・・・
 前に社長は言っていた。
 「高校のときの学祭で,売り上げをピンはねして,ファミレスで3日間,たらふく食ったことがあるんですよ」
 と。

 やられた・・・
 真相が判明したときはもう既に時遅し。金は消えていた。
 そう,社長は大学祭が終わるとすぐにソープに行って来たのである。
 大学祭で儲けた金は,打ち上げコンパ代にもならなかった。
 儲けの全ては,社長の快楽のために,泡となって消えてしまった。
 打ち上げコンパは,みすぼらしい居酒屋のみで終わったのは,言うまでもない。

社長 11

 『社長 vol.11』

 そうそう,大学3年目のことだ。
 時は11月。
 初雪がちらちらと降り始めた頃だ。
 それは,大学祭のときだった。
 我々が属していたゼミは,3年目が中心となって模擬店を出すのが慣わしだった。
 我々は生物のゼミだったため,「SEIBU??」という名で模擬店を出店していた。
 模擬店のテーマは「西部」。
 そのため,スタッフは(ううっ,かっこいいぞ。オイラ)全員ジーンズにバンダナ着装が義務付けられた。
 もちろん,義務付けたのは,模擬店のディレクターである,オイラだ。
 スタッフの中心となる我々はもちろん,店員となる2年目,下働きの1年目もみんな,おいらの言う通りの姿になった。
 たった一人を除いて。

 そう,あなたの予感は的中している。
 ジャージ姿で開店にやってきたのは,社長である。
 我々は,悩んだ。
 彼をスタッフとして扱っていいものかどうか。
 でも,社長は曲がりなりにも3年目だ。
 仕方ない。彼は特別枠にしよう。
 全員暗黙の一致で,彼を店長に祭り上げた。
 もちろん,カウンターの中ではなく,レジ係だ。
 社長は,金が大好きだったので,喜んでレジ係を引き受けた。

 ハンバーグハウス「SEIBU??」は,私の筋書き通り繁盛を極めた。
 何せ,30種類以上のハンバーグを用意したのだから,当然だ。
 オイラはやはり凄い。プロデュースの才能がある。

 でも,それ以上に凄かったのは,やはり社長である。

 大学祭も残り数時間と迫った頃,店はピンサロのような,ディスコのようなノリになった。
 客もスタッフも入り混じって,踊りに踊った。
 テーブルの上ではディスコクィーンの如く,誰か彼かが踊り狂ってた。
 その時,ひっそりながら,しかし一番楽しんでいたのは,実は社長であった。

 社長は,バケツから汚水をコップに入れて,踊り狂っている奴等に手当たり次第にぶちまけて喜んでいたのである。
 まあ,汚水といっても飲み残しのビールとか,ウイスキーであるから口に入っても死ぬことはない。
 それをいいことに,社長は,
「ひっひっひっひ」
と不気味に笑いながら,群集に向かって汚水をぶちまけていた。
 それに気づいた,俺とNは,ひっそりと店から出て行った。
「O先輩,N先輩,どこに行くんですか? 一緒に馬鹿な奴等に聖水をもっと振りかけてやりましょうよ。いっひっひっひ」
 そう,社長はこの後,汚水で汚れた教室を片付けしなければならないことを完全に忘れていたのだった。
 頼むよ,もうやめてくれよ,社長・・・

社長 10

 『社長 vol.10』

 これは,大学2年目の冬に起こったことである。
 もちろん,主役は社長であることは言うまでもない。
 ゼミでのコンパのことだった。
 社長はバイトである塾に行っていたため,コンパに遅れてきた。
 その時の登場がすばらしかった。
 なんと,アンパンマンのような顔から,ぶくぶくと太った体中にトイレットペーパーを巻いて,姿を現した。
 「恐怖のミイラ男~!!!」と叫びながら。

 会場は,爆笑するものとあまりのギャグセンスのなさに,無視する者に二分された。
 我々,『社長unko事件』を知っている者は,爆笑しながらも「今日は,自分でトイレットペーパーを用意したから大丈夫」と胸をなでおろした。

 社長は,爆笑した後輩のそばに近寄り,
 「いやあ~,今日は可愛い○○ちゃん(塾の教え子)が休みだったんだよね~。あの子が来ないと授業,面白くないんだよね~」
と言い,勝手に誰が飲んだかわからないグラスに,焼酎をごぼごぼと入れ,ごくごくと飲み始めた。

 そう,彼は清潔と言う言葉を知らないのである。
 知っていても,敢えて,無視しているのである。
 大体,普通の感覚の持ち主であれば,トイレットペーパーを体に巻くわけはない。
 誰が飲んだか分からないグラスで平気に飲めるわけはないのである。
 このようにずぼらな性格が愛嬌でもあり,周りへ迷惑を起こした。
 もちろん私は,迷惑をこうむった方である。
 家に(私は実家から大学に通っていた)来た時も,案の定私の母親は嫌な顔をした。母は大の潔癖だったためである。
 どんなに嫌な顔をされてもそれでも,私の家にはよく遊びに来た。
 ほんとに面の皮が厚いやつである。
 ついでにてぃんぽの皮も厚かった。

社長 9

 『社長 vol.9』

 注意! CAUTION!

 以下の文は,読者に不快感を著しく感じさせるおそれがあります。
 下品なことに敏感な方はお読みにならないようお願い申し上げます。

 この話は迷った。
 書いていいものかどうか。
 結論としては,これを語らずに社長を語ることはできないと判断したのである。
 もう1度言う。
 下品なことに敏感な人はこれを読まないで欲しい。
 これだけ言ったんだから,後悔するなよ・・・

 それは,11月の頃だった。
 私は運がいいのか悪いのか,その場に居合わせることができなかった。
 従って,以下の文は友人Nの証言に基づくものである。

 社長とN(♂)とK(♂)とO(♀,美人)で飲みに行った時の事だった。
 社長は相変わらず,アンコールに応えては「カポ」をやっていたらしい。
 したたかに飲んだ後,4人はボーリングに行った。
 酒の後のボーリングは酔いをさらに加速させる。
 社長は酔うと必ずトイレに行く。
 もちろん小だけではない。大もするためだ。
 この日も社長はトイレに行った。
 3人は,楽しくゲームを続けた。
 Nは気づいた。
 社長がいつまで経っても帰って来ない・・・
 Nはトイレに行った。
 小の方に誰もいない。
 個室は1つだけ閉まっている。
 「S,S! どうした? 具合が悪いのか?」
 返事はない。
 Nはドアを叩き続けた。
 しかし,中からの返事はない。
 NはKを呼んで来た。
 激しく個室のドアを叩く2人。
 しかし,決してそのドアが開けられることはなかった。
 Nは決心した。
 「個室の中に入るしかない・・・」
 悲壮な決意である。
 NはKの助けを得ながらどうにか個室に入り込むことに成功した。
 そこにあった情景は・・・

 最後の警告!
 読むのを止めるなら今です!

 そう,そこにあった情景は,皆さんの想像以上のものであった。
 そこにあったのは,顔や衣服に茶色のような黄色のような付着物を付けて,便器の上で寝ている社長であった。
 もちろんこの個室は,和式だ。
 Nは社長を起こすために,顔を叩こうとしたが思いとどまった。
 当たり前である。
 誰だって社長の顔なんて触りたくない。
 ましてやunkoのついた顔なんか・・・
 そこで,Nは考えた。
 そうだ。トイレットペーパーだ。
 Nは咄嗟にそう判断し,トイレットペーパーを手にぐるぐる巻いて社長の顔を叩いた。
 しかし,酩酊状態にある社長はまだ起きない。
 そこでNは仕方なく,酩酊状態の社長をKと共に抱き抱え(ううっ・・・感動だ・・・),服を脱がし始めた。
 何とかunkoの付いたトレーナーを脱がした。
 下着にも付いてる。
 でもこれを脱がすと着せるものは薄手のウインドブレーカーしか無い。
 そこで,Nは,下着は着せたままにしておこうと判断した。
 ズボンに付いたunkoは敢えて無視した。
 問題は顔に付いたunkoである。
 Nは,もう1度トイレットペーパーを大量に使用して顔のunkoを拭った。
 NとKは,何とか『unkoの付いた社長』を『少しだけunkoの付いた社長』に変身させた。
 もちろん,NとKは一緒にいたO(♀,美人)に気づかれないようにして,残り少ない社長のプライドを守ってあげたことは言うまでもない。

社長 8

 『社長 vol.8』

 「あ,あ,あ,エ,エ,S君(社長の本名)は,な,な,な,何をやっているんだい?」
 Y教授が怒りに打ち震えたのは,社長のせいだった。

 時は大学2年目の夏休み。
 場所は北海道の南に位置するK町だった。
 我々学生は,臨海実習を行うため,この地に集合した。
 海洋生物の生態調査が実習内容であった。
 特に,ウニが成長する過程の観察及びスケッチをするのが実習の主な内容であった。

 実験の1日目は,海洋生物の捕獲を行った。
 貝やら甲殻類やら軟体動物やら海草を捕獲した。
 特に我々は,棘皮動物であるウニを多く捕獲した。
 もちろん実験に使用するためである。
 夜になって,一杯引っ掛けるときの肴にも使用するためでもある。
 我々は,学術的目的を遂行するため,ウニの乱獲を行った。
 我々が実力を存分に発揮したため,実験はもとより夜の肴にも困ることは無かった。

 1日目は順調であった。
 夜にはY教授も交え,アルコールの摂取により,親交を深めた。

 問題が起きたのは3日目の夜である。
 夜も11時を過ぎた頃だろうか。
 皆,連日の徹夜のため,体力の限界を迎えていた。
 時々視点がずれるのを感じつつ,ウニの卵子の分割の様子を観察し,黙々とスケッチしていた。
 ウニの卵子を保護するため,容器を真水で冷やしていたのだが,社長がミスをして(本当にミスか?)容器の中に真水を入れてしまったのだ。
 ウニは海水の中で育つ体内システムを持っている。
 真水に対応できない。
 真水を入れられた結果,浸透圧の関係で卵殻は破壊された。
 簡単に言うと,ウニの卵は死んじゃった。

 社長,GJ !!!

 我々は,連日の徹夜の観察及びスケッチから解放された。
 学生からは褒め称えられた社長であるが,Y教授にはそれが通用すべくも無い。
 全員の前でねちねちと嫌味を言われる社長。
 太った体が小さく見える。
 彼がこんなに小さく見えたのは,初めてだった。
 Y教授も初めて,Sのことを『社長』と呼ばずに,本名で叱った。

社長 7

 『社長 vol.7』

 社長が魔法のカードを手に入れたのは,2年目の春のことであった。
 「先輩先輩,実は魔法のカードを手に入れたんですよ。いっひっひっひ」
 「このカードはですね,10万分物を貰えたり,10万円お金を引き出せる優れものの魔法のカードなんですよ」

 まあ,要するにショッピングが10万,キャッシングが10万できるクレジットカードのことである。
 『SE○BU』の『SA○SONカード』である。
 彼は,借りたものは返さなければならないという,民事の基本的事項を全く無視しているのである。
 知ってはいるのである。
 あえて,もう一度言うが,あえて無視しているのである。
 そんな彼であるから,行く末は見えていた。

 確か,後期の授業料の納期の頃だったと思う。
 社長は,仕送りをしてもらった金を全て飲み食いやお風呂に費やした。
 そこで登場なのが,魔法のカードである。
 「N2先輩,2万円貸してくださいよ。その2万円をSE○BUに返すとまた,新たに10万円が
借りられるんですよ。いっひっひっひ。そうしたら,先輩には寿司を奢りますんで」
 N2は言われるままに2万円を貸した。
 当時の2万円は今の価値では,5万くらいになるだろうか?
 そして,無人キャッシングの機械の前である。
 「じゃ,借りた2万円をこうやって返してと・・・」
 「するとですね,今までの借金がチャラになって,新たに10万円が借りられるんですよ」
 「このボタンと暗証番号を押してと・・・」
 「あれ,おかしいな。『貸し出しできません』と表示されてる・・・」
 「もう一度やってみますね」

 何遍やってもおんなじである。
 借りられるわけ無いのである。
 すでにキャッシングの限度までいってるのだから・・・
 いまさら2万ぽっちで10万を新たに借りられるわけは無いのである。
 しかし,魔法のカードと信じて疑わない社長は,何回もキャッシングのボタンと暗証番号のボタンを連打するのである。
 哀れだ・・・
 あまりにも哀れだ・・・
 納得の行かない社長を連れて,寿司を奢ったのはN2であった。
 そして,授業料の納期が目前に迫った社長は,ゼミの教授に頭を下げて授業料を借りたのだった。
 教授への言い訳は,『親の生活が苦しくて仕送りしてもらえない』だった。

社長 6

 『社長 vol.6』

 そうそう,思い出した。
 あれは5月の花見のことだった。
 (北海道では花見は,時期的に5月に行う)
 俺や社長が属していたゼミも5月の連休後に花見を行った。

 花見の場所は一応A市の桜の名所でもあるK公園だった。
 K公園はちょうど駅の裏側に位置していた。
 大学からはちょうど市の裏側に当たり,交通の便が不便だった。
 そのため,ジンギスカンをするための食料,飲み物,ガスボンベ,鍋など重くて持ちにくい物はすべて1年生の持ち物だった。
 当然,社長も俺も持ちにくい物を持って,花見の公園までバスを乗り継いで行った。
 しかし,社長と俺は,重いけれど帰りは楽になる飲み物と食料を運んだ。

 花見を始めたのは,午後の1時頃。
 平日の真昼間ということもあって,公園は我々の貸切状態だった。
 教授を交え,真面目な花見は滞りなく進んでいった。
 社長は時々,アンコールに答え,『カポ』をやっていた。
 そして,教授たちは普通に帰った。

 事件が起きたのは,花見の帰りのことだった。
 酔いの勢いに任せて,我々は歩いて帰ろうとしていた。
 そして,駅の裏側に着いたときだった。
 A市は駅の入り口が一つしかない。
 駅の裏から大學に帰るには,遠回りの道を選ばなければならない。

 しかし,我々には強い味方がいた。
 酔いである。
 酔いの勢いで,駅の構内を横切ることを決意した。
 全員一致で。
 線路は,10線以上ある。
 幅は優に100mは超えている。
 我々はゲリラの様に草むらに隠れ,辺りを見渡す。
 駅員がいないのを確認し,我々は走った。
 そして,駅を横切るのに成功した

かに見えた。

 後ろを振り返ると社長が線路の上に転んでいる。
 転んだ瞬間に口からアルコールの混じった汚物を噴出したようだ。
 我々は,全員,駅を横切る時よりもスピードを上げて,その場から逃げた。
 その後の社長の処遇については,我々は一切関知しない。

社長 5

 『社長 vol.5』

 クリスマスをゼミの新入生でお祝いしようとなったのは,必然だった。
 ただ,困ることがあった。
 N2とM(両方♂)が,「女が来るなら俺は行かねえ」とほざきやがったのである。
 女が来ないコンパに何の意味があるんだ?
 俺たちはそう思っていた。
 社長は特に危機感を募らせたようだった。
 「N2先輩,みんなでキリスト様の誕生日をお祝いしましょうよ。女がいたっていいじゃないですか。い~ひっひっひっひ・・・」

 社長の努力によってクリスマス会は行われることになった。
 N2は出席することになったがMは欠席した。
 Mは,寺の息子で共産党員というかなり変人だった。
 まあ,Mがいなくたって盛り上がれる。
 ♂は少ないほうが,できる確率が高くなる。

 いよいよクリスマスイブである。
 何とか今年中に彼女を作ろうと♂達は,張り切って買出しに行った。
 そうである。女共は優雅に飲み食いするための存在なのである。
 今日限りは。
 買出しで何もしなかったのは社長であるのは,明白であろう。
 N2を説得したことで,責任は果たしたと社長は思ってるのだ。

 俺達が買出しに行って,Nの部屋に行くと,そこにはトドが寝ていた。
 轟々といびきをかいていた。
 そうなのだ。
 社長は寝て10秒後にはいびきをかいて,他の人を眠らせないという必殺技の持ち主なのである。

 仕方なく,俺達はパーティーの準備をした。
 しかし邪魔である。100kgの肉体が。
 それでも何とかクリスマスらしい飾り付けをすることができた。

 そして,宴もたけなわ,酒もディナーもたらふく食った後,いよいよケーキを食おうとしていた。
 ケーキを配り終わると,Nが気づいた。
 フォークが無い。
 すると社長は無言で割り箸を取り出し,むしゃむしゃと旨そうにケーキを食べた。
 一瞬の出来事である。
 誰も何も言えなかった。

 そして,その後,漬物をポリポリと食い始め,クリスマスの聖なる雰囲気をぶち壊してくれたのは言うまでも無い。

社長 4

 『社長 vol.4』

 社長はあまり酒が好きではなかった。
 酒よりもコーラが大好きだった。
 でもコンパでは,誰よりも飲んだ。
 彼の得意技は,『カポ』である。
 『カポ』というのは,一気飲みのことである。
 ごくごくと飲むのではない。
 一気に,本当に一気に胃に流し込むのである。
 一瞬でコップが空になる。
 だから,毎年の学園祭での早飲み競争では,圧倒的強さでチャンピオンに輝いていた。

 『カポ』を見るのは楽しかった。
 そう,その日までは。

 その日は,ゼミでのコンパが行われた。
 学園祭の打ち上げである。
 その日も社長は酒を飲むというより,流し込んでいた。
 酒に飲まれていた。

 彼がすっかり出来上がった時,彼を連れて帰るのは俺の必然の義務になっていた。
 俺だって好き好んで,100kgの荷物を運びたくない。

 俺が100kgの脂肪を肩に掛け,タクシー乗り場まで運び,狭いタクシーに無理やり詰め込み,タクシーの中では吐かないように気を配り,寮に着いた時には小さなタクシーから100kgの肉体を取り出し,約100mもあろうかと思われる長い寮への道を100kgの肉を担ぎ,寮の二階へ100kgの煩悩を担ぎ上げ,狭く,とてつもなく汚い部屋に転がり込んだのは,午前2時を過ぎていた。

 部屋の床に散らばる臭い靴下や,エロ本をどけ,新聞紙をくまなく敷き詰めた。
 そして,ゴミ箱に新聞紙を入れ社長を諭した。
 「おい,S。吐きそうになったら枕元にゴミ箱があるからな。そこに吐けよ。一応床にも新聞紙敷いたからな」
 「先輩,すみませんね」
 と言った直後である。
 彼は,床に敷き詰めた新聞紙をわざわざどけて,グリーンの絨毯に色とりどりの雪を巻き散らかした。
 彼からの素敵なクリスマスプレゼントである。
 俺は,そのプレゼントを靴下に詰めてやろうかと思ったが,流石に止めた。

 次の日,大学の講義を休んだけど,キリスト様ならきっと寛容の心で許してくれたはずだ。
 当然,社長は2日後に会った時には,そんなことは微塵も覚えていなかったのは言うまでもない。

社長 3

 『社長 vol.3』

 社長は,北海道で有名な塾の講師をしていた。
 そして,塾に来る中学生の可愛い子を見つけては俺達に報告をしてくれた。

 「先輩,先輩,実は昨日可愛い子を見つけたんですよ。いっひっひっひ」
 もう満面の笑みである。
 本当に好きで好きでたまらないのである,女子中学生が。
 まあ,確かにそうである。
 彼を相手にする大人の女はいないであろうから。
 これは彼の傾向であるが,同時に責任であり,義務でもある。
 民事的にもなんら問題が無い。
 しかし,塾に通わせてる親の心境や如何ほどであろうか?
 心配である。
 彼には責任を全うする能力は無い。
 いつ手を,いやティ○ポを出してもおかしくないのである。
 いつ出すか我々は期待していた。

 そして,嬉しそうに話す彼を見るのは楽しいのである。
 話を聞く我々は,刑事的に問題ない。
 民事的にも全く問題ない。
 気楽である。

 ただ,楽しい話をするときの彼の行動にちょっと問題があった。
 靴下を脱いだ後,足の指の間で色々な物を擦るのである。
 擦るのは,ティ○ポもそうだが,自分の部屋でやってほしい。
 彼の足は臭い。
 俺の足も臭いが,彼には敵わない。
 さらに,水虫であった。
 もう最高である。

 ある時,Nのアパートで,ギターのチューニングをするための音叉を足の指の間で擦った。
 いつものように。
 Nは,もろに嫌な顔をした。
 しかし,社長は気付かない。
 気付くわけはないのである。

 彼は『非常識』を通り越して,『無常識』なのだから。

社長 2

 『社長 vol.2』

 それは,6月だった。妖しい季節だった。
 夕闇を心に映す季節だった。
 以下に述べる事件は,大学の実験の最中に起きた。

 Kが,自分は暗い人間じゃないと突然言い出した。
 前々から,俺たちのゼミの中で,Kは『暗い』と言われていた。
 それを払拭したかったのだろう。または,張り詰めた空気を緩めたかったのだろう。
 Kが突然,「俺,みんなから暗いと言われてるけど,そんなことねえよ」と言い出した。
 そして,みんなが黙々とフナのスケッチを描いている中で,「俺はサンシャインKだ」と大きな声で叫んだ。
 俺たちは吃驚してKを見た。
 そして,実験室は大爆笑に包まれた。

 時は夜の11時。午後の1時から実験は始まったのだ。もう既に10時間は越えている。
 みんな,単調で苦痛な途轍も無く長い時間を過ごしたことで,妙なハイテンションモードに入っていた。
 経験がある方は分かるであろう。
 徹夜などをしていると,頭がマヒ状態になり,何を言っても面白く,みんなゲラゲラと大声で笑い転げる時間帯があることを。
 この時の俺たちが,そういう状態だった。

 そして,♂たちが自分に横文字の渾名を付け始めた。
 Nは「それなら俺は,セクシーNだ」と叫び,
 N2は「俺は,アダルトN2だな」とボソッと言う。
 そして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 社長は満面の笑みで「それじゃ,私はナイスミドルSということで」とのたまった。
 
 そうなのだ。
 彼は気付いていたのだ。自分がみんなから中年に見られているということを。
 俺たちは真夜中の実験中にも拘らず,ガラスが割れんばかりに笑った。

 Y(女性。今で言うロリ顔で可愛い)は,先輩の差し入れのミスドのコーヒーを吹いた。
 O(女性。松田聖子の大ファンで,自分もいつかは芸能界に入ると考えていた。美人)は,ぽつりと言った。
 「社長,自分のこと分かってるんだ」

 それから,ゼミの中で,Sのことを『社長』と呼ぶのに,ためらう者はいなくなった。
 そして数百人の他ゼミの者もみんな,社長と呼び,彼を知らない者はいなくなった。
 天皇が国の象徴であるが如く,彼は大学の象徴となった。
 勿論,大学当局は嫌だったろうけど・・・。

社長 1

 『社長 vol.1』

 彼の名は『社長』。
 本名はとてもじゃないが言えない。
 社長と俺は同じゼミの出身だ。
 俺が社長を初めて見たのは,入学式だった。
 第1印象は,「誰の親だ?」

 社長は,入学式の新入生(大学も新入生でいいのか?)の席の辺りで,右手で髪をつまみながら辺りを見渡していた。
 俺はてっきり,新入生の親が間違えて学生の席に来てしまったのだと思っていた。
 そうではないことを,後に社長自らの言葉で聞く事になる。
 まあ,これはどうでもいいことだ。

 新入早々,彼はゼミの先輩から『社長』という,ありがたいような,ありがたくないような渾名をもらうことなり,それから俺たち以外の人は社長の本名を忘れていった。
 そう,彼は4年間,先輩からも後輩からも,男からも女からも,『社長』以外で呼ばれることはなかった。
 俺たちを除いて。

 彼はデブだ(事実)。
 彼は油っぽい(髪の毛がいつもべたついている。入浴直後も。事実)。
 彼は胸にいつも,点々とソースやケチャップの汁を付けている(腹が出っ張ってるからどうしても付いてしまう。事実)。
 彼は眼鏡を掛けている(事実)。
 彼は方形だ(事実)。
 彼はロリコンだ(後に知った)。
 彼の父親はDQNだ(彼に聞いた)。
 彼は東京の足立区出身だ(彼に聞いた)。
 彼はある一流大学の付属高校出身だ(しかしその高校は,ぜんぜん有名でない。事実)。
 彼は妙に政治に詳しい(話し出したら30分は止まらない。事実)。
 彼は1度,クイズ番組に出て,ハワイ旅行をしたことがある(彼によれば)。

 要するに秋葉原を歩けば,間違いなくロリコンのオタクである。

 こんな愛すべき奴と俺は,12年間付き合うこととなった。

 人生は素晴らしい。