土曜日, 11月 18, 2006

たもちゃん 3

 『たもちゃん vol.3』

 たもちゃんがマーちゃんと確認されたのは,ある夏のことである。
 たもちゃんは,既にパーキンソン病に冒されていたので,ベッドに横たわることも自分一人ではできなった。
 更に,夜中にしょっちゅう用便をする。
 一晩で4・5回は当たり前である。
 そのため,いつも義母が,たもちゃんを起こしたり,横にさせたり,寝返りをうたせたりしていた。
 しかし,そんな日が1年中続くと体が参ってしまう。
 そこで,オイラの嫁は,年に数回実家に帰り,たもちゃんの世話をしていた。
 
 オイラの夏休みに合わせ,いつものように嫁の実家に行った。
 昔ならオイラと強かに飲み比べをしたのだが,そんな元気は今のたもちゃんには無い。
 それでもその晩,たもちゃんは,オイラに付き合って,焼酎をコップ一杯だけ飲んだ。
 流石に,周りの誰からも『仏のたもちゃん』と呼ばれただけはある。
 オイラに気遣いをしているのである。

 そして,たもちゃんの就寝時間が来た。
 その夜は,嫁がたもちゃんの世話をした。
 夜中,たもちゃんが嫁にこう頼んだ。
 「おい,チェンミン(嫁の仮名),足の上に乗っているリリー(オイラの家の犬)をどかしてくれ」
 「???じいちゃんの足には何も乗ってないよ」
 「そんなことは無い。さっきリリーがベッドに乗ってきた」
 「リリーなら茶の間で寝てるって」
 「そんなこと無い。足の上にいる」
 嫁が起き上がって確かめたが,たもちゃんの足の上には何も無い。

 「じいちゃん,やっぱり何にも乗ってないしょ」
 「さっき乗って,すぐに降りたんだ」
 そんなことは無い。
 嫁が茶の間に行ってみると,確かにリリーは茶の間の隅で寝ていた。
 大体,リリーがベッドの上から茶の間に戻る事は不可能だ。
 何しろ,ドアを開け閉めしなければならないのだから。
 更に,さっきの今で茶の間に戻ることは不可能だ。
 リリーがテレポーテーションの能力を持たない限り。

 それでも,たもちゃんは確かにリリーが乗っていたと言い張る。
 面倒になった嫁は,納得した振りをして再度眠りに入った。

 そして,次の朝。
 今日は,アバンテ(介護施設)に行く日だ。
 たもちゃんは意気揚々と迎えのワゴン車に乗ってアバンテに行った。
 そして,その夜。
 たもちゃんは,オイラと付き合って飲んでいる時にこう言った。
 「アバンテのドアは,いい木を使ってるな」
 「組合長の山田さんが注文をつけただけあるな」
 家全体が「???」に包まれた。
 「組合長?」
 「父さん,何の事言ってるの?」
と義母。
 「だから農協のことじゃないか」
 「今日,農協に行ったら農協のドアが立派になっていたんだ」
 「今日行ったのは,アバンテでしょ?農協じゃないでしょ」
と嫁。
 「何言ってる。今日は農協の理事会じゃないか。アバンテなんぞ知らんぞ」

 そう,たもちゃんは数分前にアバンテと言ったにも拘らず,知らないと言い出したのだ。
 この夜から,嫁はたもちゃんのことをマーちゃんと言い始めた。

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