『たもちゃん vol.4』
たもちゃんは,本名はたもちゃんではない。
当たり前かもしれないが,一応確認しておく。
たもちゃんの本名は「保」と言う。
でも,周りのみんなからは,「たもちゃん」と呼ばれている。
たもちゃんは懐が深く,温厚で,面倒見が良いため,「仏のたもちゃん」と言われていた。
もうすぐで本当の仏になるかもしれないが・・・
まあ,そのことは置いておこう。
たもちゃんの今の楽しみは,食べることだけだ。
嫁が,夕飯近くになり,たもちゃんに聞く。
「マーちゃん,お腹空いた?」
「いや,あんまり空いとらん」
嫁は,試しにお菓子をそっとたもちゃんの近くのテーブルに置いてみる。
たもちゃんは,そっと手を伸ばす。
そして,覚束ない手で袋からお菓子を出す。
そして,食べ始める。
その目は輝いている。
そうなのだ。
「空いとらん」というのは嘘なのである。
試しに食後に食べ物を置いてみても同じである。
いつの間にか,たもちゃんは食べているのである。
いくらでも食べられるのである。
どんな時でも,食べ物を勧めると断ることは無い。
きっと,トイレや風呂に入っているときでも同じだろうと思う。
今度,たもちゃんのところに行ったら試してみようと思う。
オイラは,好奇心旺盛な理科の学生なのである。
実験をせずにはいられないのである。
話を元に戻そう。
食べ物の話だ。
今年のゴールデンウイークに行った時のことだ。
その時は,農繁期ということもあって,たもちゃんはアバンテ(介護施設)に入っていた。
面会に行ったのは,午前11頃であった。
たもちゃんは・・・
部屋に居なかった。
たもちゃんが居た場所は,食堂であった。
しかも行儀良く,お手手を揃えて座っている。
何もすることが無いものだから,食堂で昼食が出てくるのを待っていたのだ。
近くには,似たようなおばあちゃんが居た。
髪は真っ白で,地肌も見えかけている。
確実にたもちゃんより年を食っている。
遥かに。
お預けを食らった犬のように食事を待つたもちゃん・・・
嫁は,涙をうっすらと浮かべていた。
オイラは,次は自分の番だと思った。
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