土曜日, 11月 18, 2006

社長 35

 『社長 vol.35』

 「それだけはやめてくれ」
 N2の親父は,吐き捨てるように言ったという。

 社長は,何もしていない。
 社長に何の落ち度も無い。
 社長は,社長であるだけだった。
 それが原因であり,結果であった。
 何人たりとも社長を責めることはできない。
 そして,同時に誰もN2の親父を責めることはできない。

 我々がN2の家に泊まりに行った時のことである。
 そこで我々は宴会で盛り上がった。
 N2の親父も含めて。
 N2の親父は,苦労人だった。
 出身は,現在北方領土である択捉島であった。
 戦中の苦労話。
 戦後,北海道に移住することになったが,戸籍がなかなか取れなかったこと。
 戦後の苦しい生活のこと。
 我々,戦争を知らない子供達に,生き字引の如く,語り部の如く話して聞かせてくれた。
 社長は,話を聞きながらおでんを食い,さきいかを齧っては,うまい具合に話の合いの手を入れていた。
 その辺は,そつがない。

 N2の親父は,社長を気に入った。
 「S君は,愉しい人だね」
 「S君は,話が分かるね」
 「S君も,苦労したんだね」
 「S君は・・・」
 もう,それは見事に社長を褒めちぎっていた。

 後日,N2の家ではひょんなことから,社長の話になったという。
 社長を褒めちぎるN2の親父。
 そこで,N2は,何気なく言った。
 「俺も社長のようになろうかな・・・」
 そこで,N2の親父から出てきたのは,冒頭の言葉であった。
 「頼むから,それだけはやめてくれ」
 「周りにいると楽しいが,家族になったら大変だ」
 流石,苦労人だけあって,社長はどんな人なのかを,瞬時に理解していたのである。

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