『社長 vol.35』
「それだけはやめてくれ」
N2の親父は,吐き捨てるように言ったという。
社長は,何もしていない。
社長に何の落ち度も無い。
社長は,社長であるだけだった。
それが原因であり,結果であった。
何人たりとも社長を責めることはできない。
そして,同時に誰もN2の親父を責めることはできない。
我々がN2の家に泊まりに行った時のことである。
そこで我々は宴会で盛り上がった。
N2の親父も含めて。
N2の親父は,苦労人だった。
出身は,現在北方領土である択捉島であった。
戦中の苦労話。
戦後,北海道に移住することになったが,戸籍がなかなか取れなかったこと。
戦後の苦しい生活のこと。
我々,戦争を知らない子供達に,生き字引の如く,語り部の如く話して聞かせてくれた。
社長は,話を聞きながらおでんを食い,さきいかを齧っては,うまい具合に話の合いの手を入れていた。
その辺は,そつがない。
N2の親父は,社長を気に入った。
「S君は,愉しい人だね」
「S君は,話が分かるね」
「S君も,苦労したんだね」
「S君は・・・」
もう,それは見事に社長を褒めちぎっていた。
後日,N2の家ではひょんなことから,社長の話になったという。
社長を褒めちぎるN2の親父。
そこで,N2は,何気なく言った。
「俺も社長のようになろうかな・・・」
そこで,N2の親父から出てきたのは,冒頭の言葉であった。
「頼むから,それだけはやめてくれ」
「周りにいると楽しいが,家族になったら大変だ」
流石,苦労人だけあって,社長はどんな人なのかを,瞬時に理解していたのである。
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