『社長 vol.2』
それは,6月だった。妖しい季節だった。
夕闇を心に映す季節だった。
以下に述べる事件は,大学の実験の最中に起きた。
Kが,自分は暗い人間じゃないと突然言い出した。
前々から,俺たちのゼミの中で,Kは『暗い』と言われていた。
それを払拭したかったのだろう。または,張り詰めた空気を緩めたかったのだろう。
Kが突然,「俺,みんなから暗いと言われてるけど,そんなことねえよ」と言い出した。
そして,みんなが黙々とフナのスケッチを描いている中で,「俺はサンシャインKだ」と大きな声で叫んだ。
俺たちは吃驚してKを見た。
そして,実験室は大爆笑に包まれた。
時は夜の11時。午後の1時から実験は始まったのだ。もう既に10時間は越えている。
みんな,単調で苦痛な途轍も無く長い時間を過ごしたことで,妙なハイテンションモードに入っていた。
経験がある方は分かるであろう。
徹夜などをしていると,頭がマヒ状態になり,何を言っても面白く,みんなゲラゲラと大声で笑い転げる時間帯があることを。
この時の俺たちが,そういう状態だった。
そして,♂たちが自分に横文字の渾名を付け始めた。
Nは「それなら俺は,セクシーNだ」と叫び,
N2は「俺は,アダルトN2だな」とボソッと言う。
そして・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
社長は満面の笑みで「それじゃ,私はナイスミドルSということで」とのたまった。
そうなのだ。
彼は気付いていたのだ。自分がみんなから中年に見られているということを。
俺たちは真夜中の実験中にも拘らず,ガラスが割れんばかりに笑った。
Y(女性。今で言うロリ顔で可愛い)は,先輩の差し入れのミスドのコーヒーを吹いた。
O(女性。松田聖子の大ファンで,自分もいつかは芸能界に入ると考えていた。美人)は,ぽつりと言った。
「社長,自分のこと分かってるんだ」
それから,ゼミの中で,Sのことを『社長』と呼ぶのに,ためらう者はいなくなった。
そして数百人の他ゼミの者もみんな,社長と呼び,彼を知らない者はいなくなった。
天皇が国の象徴であるが如く,彼は大学の象徴となった。
勿論,大学当局は嫌だったろうけど・・・。
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