『社長 vol.30』
それは真夏のある夜の出来事だった。
我々は強かに酔っていた。
そして,大学に向かう道を徘徊していた。
この通りはあまり大きくはないが,バス路線の通りで,ちょっとした街並であった。
突然,いつもの「いっひっひっひっひ」という奇声が後方から聞こえてきた。
我々は,いつもの不安を隠しきれなかった。
この時間にこの場所での笑い声はまずい。
誰もがそう思っていた。
後ろを振り向くと,社長が電柱に立ててあった看板に蹴りを入れていた。
「この店の看板は弱いですね。すぐに折れちゃいましたよ。いっひっひっひ」
「ああ,たいした悪いことはしていなかったんだ」と我々は安堵の表情を浮かべた。
「どうですか。先輩。先輩達もこの違法な広告に蹴りを入れてやりましょうよ」
「いっひっひっひっひ」
我々はちょっと躊躇した。
が,真夜中である。
酒の勢いもある。
もう,全員がいたるところにある立て看板に蹴りを入れた。
その時である。
後方からスピーカーを通した声が響いた。
「そこの酔っ払い! 何をしている!」
「やばい。警察だ」
我々は誰もがそう思った。
全員が一目散に逃げようとした。
しかし,後ろを振り向くと・・・
不遜にも社長はその車に立ちはだかっていたのである。
さすがは社長。
警察権力ごときに恐れを抱かないのである。
しかし,その車は警察ではなかった。
我々のゼミの先輩だったのである。
我々は警察のご厄介になることは避けられた。
その先輩は車にマイク・スピーカーを付けていて,我々をからかったのである。
凛々しい社長の姿を見た我々は,ほんの少しだけ社長を見直した。
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