土曜日, 11月 18, 2006

社長 30

 『社長 vol.30』

 それは真夏のある夜の出来事だった。
 我々は強かに酔っていた。
 そして,大学に向かう道を徘徊していた。
 この通りはあまり大きくはないが,バス路線の通りで,ちょっとした街並であった。

 突然,いつもの「いっひっひっひっひ」という奇声が後方から聞こえてきた。
 我々は,いつもの不安を隠しきれなかった。
 この時間にこの場所での笑い声はまずい。
 誰もがそう思っていた。
 後ろを振り向くと,社長が電柱に立ててあった看板に蹴りを入れていた。
 「この店の看板は弱いですね。すぐに折れちゃいましたよ。いっひっひっひ」
 「ああ,たいした悪いことはしていなかったんだ」と我々は安堵の表情を浮かべた。
 「どうですか。先輩。先輩達もこの違法な広告に蹴りを入れてやりましょうよ」
 「いっひっひっひっひ」
 
 我々はちょっと躊躇した。
 が,真夜中である。
 酒の勢いもある。
 もう,全員がいたるところにある立て看板に蹴りを入れた。

 その時である。
 後方からスピーカーを通した声が響いた。
 「そこの酔っ払い! 何をしている!」
 「やばい。警察だ」
 我々は誰もがそう思った。
 全員が一目散に逃げようとした。
 しかし,後ろを振り向くと・・・

 不遜にも社長はその車に立ちはだかっていたのである。
 さすがは社長。
 警察権力ごときに恐れを抱かないのである。
 しかし,その車は警察ではなかった。
 我々のゼミの先輩だったのである。
 我々は警察のご厄介になることは避けられた。
 その先輩は車にマイク・スピーカーを付けていて,我々をからかったのである。
 
 凛々しい社長の姿を見た我々は,ほんの少しだけ社長を見直した。

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