土曜日, 11月 18, 2006

オラの家族 番外編2

 『オラの家族 番外編 2 ムサシ』

 彼は正確に言うとオラの家族ではない。
 隣の家族だ。

 10数年前のことである。
 オラの隣の家では,柴犬を飼っていた。
 名前はムサシ。
 ムサシは甘えん坊な犬だった。
 外で飼われていたのだが,雨が降るとクンクン鳴いて,家の中に入れてもらうような弱っちい犬だった。
 知らない人が来ると,小屋の中でじっと身を潜めている犬だった。
 当然,番犬には使えない。
 どうも,彼は自分を犬と認識していなかったようだ。
 彼の飼い主の子供に対しては,対等の立場で付き合っていた。

 オラもその頃は,犬を飼ってなかったので,可愛がっていた。
 ある時,オラと嫁は散歩に行くことにした。
 ついでだから,ムサシも連れて行った。
 行った所は,川だった。
 川に行く途中,畑の小道を歩こうとした。
 そこには,ごくごく小さな用水路があった。
 幅が50cm位のだ。
 オラの前を歩いていたムサシは,オラの顔をじっと見つめた。
 飛び越えるのが怖いのである。
 そこで,オラが軽く飛び越えた。
 と言っても,軽く一跨ぎしただけだった。
 ムサシはオラの様子を見て,少し,躊躇の表情を浮かべていた。
 飛び越えようかどうか悩んでいたらしい。
 ついに決心して飛び越えたが,飛び越え方は下手だった。
 小脳が未発達なのである。

 そして,川に着いた。
 オイラは,川べりに行って,コンクリートの飛び石に飛び乗った。
 距離にして,約1m位だ。
 こんなの屁でもない。
 ところが,ムサシは躊躇している。
 必死に川の水を凝視しているのである。
 彼は彼なりに,飛べるかどうか,川の深さはどうか,安全は確保されているのかと確認していたのだろう。
 数分後,ついに彼は決心し,飛んだ。
 しかし,現実は厳しかった。
 彼は,川に落ちたのである。
 しかも,彼の足は川底の泥にはまっている。
 身動きできない。
 と言うより,身動きしようとしない。
 彼は,困った顔をした。
 オラは,盛んに綱を引いた。
 それでも,彼は足を何とか抜こうと努力をしない。
 じっと待っているのである。
 オラの顔を見つめて,情けない目をしているだけなのである。
 オラと嫁は,何とか,二人がかりでムサシを救出した。
 救出された彼は,満足な笑みを浮かべていた。

 トラウマになった彼は,決して物を飛び越えようとはしなくなった。
 その後,彼を連れて散歩をしなくなったのは,言うまでもない。

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