木曜日, 8月 30, 2007

胡桃の樹の下で 12

   12

 ある日、マヒロおねえちゃんが言った。

「剛君、よく聞いて。

「剛君はここで大人になるの。前の世界で大人になれなかったから、ここで大人になるの」

「じゃあ、マヒロおねえちゃんもここでおとなになるの?」

「いいえ。私はこれから行かなくちゃならないの。

「私は自殺したヒトだから。

「自殺をしたヒトはここでは大人になれないの。

「剛君はここで大人になって、それからとても明るくて、安らかで、暖かい綺麗な所で生まれ変わるまで暮らすの。

「私は暗く、冷たい場所で生まれ変わるまで暮らすの。

「一緒にいられる時間は、あと僅かしかないの。

「もう、剛君とはお別れの時が近いの。

「そして、生まれ変わったらもう私の事は覚えていないの。

「さよなら。剛君」

 マヒロおねえちゃんのすがたがうすくなっていく。

 ボクはじっとそれを見つめている。

 さよなら。マヒロおねえちゃん。

 いっしょにいてくれてありがとう。

 ボクはここでクルミの木といっしょにくらすんだね。

 そして、おとなになるんだね。

 

 ボクは、はるかかなたのちへいせんをずっと見つめている。

 おとなになる。

 それはどういうことなのかはわからない。

 けれど、いつかはわかるかもしれない。

 その日がいつかわからないけれど。

 なにかをボクは見つける。

 なにかが見つかったとき、クルミの木の下に帰ってくるのかな。

 ボクは、歩き出した。

 ちへいせんのかなたをめざして。

 なにかが、きっとなにかが見つかると思いながら。

水曜日, 8月 29, 2007

胡桃の樹の下で 11

   11

 気づいたら、ボクはマヒロおねえちゃんのひざの上でねていた。

 マヒロおねえちゃんはボクのあたまをなでてくれていた。

「寝なさい、ゆっくりと。そうすればいろんなことが分かるようになるわ」

 ボクはまたねた。

 どれくらいたったのだろう。

 きづいたらマヒロおねえちゃんはいなかった。

 ボクはぼんやりとしている。

 すると、マヒロおねえちゃんがヘルメットをもってやってきた。

「剛君、喉乾いたでしょう」

 マヒロおねえちゃんはヘルメットをわたしてくれた。

 ボクはごくごくとのんだ。

 おいしかった。

 つめたくて。

あまくて。

その日からボクとマヒロおねえちゃんとのせいかつがはじまった。

ボクは木の上に上ってうたをうたう。

シャボン玉をうたう。

マヒロおねえちゃんは木のかげで本をよんでいる。

おなかがすくとクルミを食べた。

のどがかわくと、いずみの水をのんだ。

そして、マヒロおねえちゃんとボクはいっしょにねむった。

火曜日, 8月 28, 2007

胡桃の樹の下で 10

   10

 ボクは、木のねもとでかんがえた。

 どうして、ここにいるのかな?

 パパやママはどこなんだろう?

 どうしてだれもいないんだろう?

 そんなことをかんがえてるとうしろから声が聞こえた。

「剛君」

 ふりかえるとマヒロおねえちゃんがいた。

「マヒロおねえちゃん。いつ、ここに来たの?」

「知らないの。気付いたら剛君の後ろにいたの」

 なんだかふしぎだ。

 ボクはしらないうちにここにいた。

 マヒロおねえちゃんもそうだ。

 いったいなんだろう。

 わからないから、かんがえないことにした。

「ねえ、マヒロおねえちゃん、おなかがすいた?」

「うん、少し」

「ほら、ここにクルミがたくさんあるよ。マヒロおねえちゃんも食べない?」

「あ、本当だ。沢山あるね」

「ボクが、からをわってあげるよ」

 ボクは石でクルミをわる。

 そして、マヒロおねえちゃんにあげた。

 マヒロおねえちゃんは、おいしそうに食べている。

 ボクはマヒロおねえちゃんに会えてうれしかった。

 だから、たくさんクルミをわった。

 ボクも少し食べた。

「ねえ、剛君。何か覚えていることはない?」

 ボクはなんて言ったらいいのかわからなかった。

 だから、だまってしまった。

 マヒロおねえちゃんはボクをじっと見つめている。

「剛君は本当に前の事、覚えていないの?」

 ボクはこまってしまった。

 だって、おぼえていないんだもの。

 マヒロおねえちゃんはボクの目のおくをじっと見つめてこう言った。

「剛君はね、死んだの」

 マヒロおねえちゃんは、かなしそうなこえで言った。

「ボク、しんだの?」

「そう、死んでしまったの。だからここにいいるの」

「じゃあ、ここは天国?」

「違うと思うわ。天国ならもっと沢山のヒトがいるはずだもの」

「じゃあ、ここはどこ?」

「私もわからない。でも想像はしているの」

「どんな?」

「ここはきっと変死してしまった人が天国や地獄に行く前の場所だと思うの」

「ヘンシってなに?」

「あのね、剛君の場合は殺されたの」

「だれに?」

マヒロおねえちゃんは、こまったようなかおをした。

マヒロおねえちゃんは、だまっている。

「ねえ、おしえて。ボクはだれにころされたの?」

マヒロおねえちゃんは、小さな声で言った。

「剛君のパパに」

 ボクは、マヒロおねえちゃんがなにを言ってるのか、さっぱりわからない。

「もう一ど言って」

 マヒロおねえちゃんは、ひとことずつくぎるように言った。

「剛君は、剛君の、お父さんに、頭を、灰皿で、殴られて、殺されたの」

 こんどははっきりとわかった。

 ボクは殺された。

 ボクはパパにころされた。

 ボクはなぐられてころされた。

 どうして?

 どうして?

 ボクはあたまがいたくなった。

 すごくいたくなった。

月曜日, 8月 27, 2007

胡桃の樹の下で 9

   9

 夕日がとっても赤かった

 ランドセルが重い。

 きょうかしょやノートだけではないから。

 ランドセルには石が入っているから。

 ショウ君がうしろからついてくるから、ランドセルから石を出せない。

 そんなことをすると、またパンチされる。

 あたまをぼっこでつっつかれる。

 うしろをふりむくと、ケイイチ君がニヤニヤわらってる。

 ボクは心の中でためいきをつく。

 こんどは、ジュン君がキックしてきた。

 せなかがいたかった。

 でもボクはなかない。

 だって、ないたらもっとキックされる。

 早くうちにかえりたい。

 

 はっぱのふとんから目をさますと、なみだがでていた。

 今のゆめはなに?

 ボクってこんなことされていたの?

 木がざわざわと音を立てる。

 ボクをなぐさめてくれているのかな。

 くるみの木さん、ありがとう。

 そういえば、のどがかわいた。

 水をのもう。

 ボクはいずみに行った。

 どこまでもとうめいな水を手のひらですくう。

 つめたい。

 でも、きもちがいい。

 ボクはたくさん,水をのんだ。

 何回も何回もすくってのんだ。

 それでも水はいくらでもわいて出てきていた。

 ボクは、木の下にもどった。

 木に話しかける。

 「さっきのゆめはなに? ボクは前にいじめられていたの?」

 木はさわさわと音を立てる。

 気にするんじゃない、と言ってるようだった。

 「うん。そうだね」

 ボクは木にこたえた。

 また、木がさやさやと音を立ててゆれている。

 「そうだよ」と言っているようだった。

日曜日, 8月 26, 2007

胡桃の樹の下で 8

   8

目がさめたとき、おなかがなった。

そういえば何も食べてないなと思った。

どこかに食べもの、ないかな。

そう思ったとき、上からなにかがおちてきた。

ぽとっぽとっ。

ボクはなにがおちてきたか見に行った。

茶色くなったしわしわの木の実。

そとのかわはすぐにむけた。

むいてみるとくるみだった。

木のまわりをぐるっとまわってみると、たくさんくるみがおちていた。

ボクはくるみをひろいあつめた。

きっとこの木がボクのためにおとしてくれたんだ。

この木はくるみの木だったんだ。

 ボクは、石をひろってきた。

 石でくるみをたたいてわった。

 中のみをえだでほじくりだして食べた。

 ちょっとにがくてちょっとあまい。

 おなかがすいていたから、いくらでも食べられた。

 おなかがいっぱいになると、またねむくなった。

 木のはのふとんでねむった。